<百字紹介文>
女人救済の為の家康のお声懸かりもある由緒ある駆込み寺・東慶寺を舞台に、治外法権を持つ寺を廃絶したいという幕府の思惑や柳沢吉保の子・吉里の秘事を絡めた巻頭の表題作の他5編を収録した歴史時代小説集である。
<詳しい紹介文>
歴史時代小説集である。
第1話は、表題作でもある『尼首二十万石』
江戸時代、女性の「駆け込み寺」として有名だった鎌倉松ヶ岡・東慶寺を舞台とした小説である。
江戸時代より前は、女性に限らず、逃亡者が寺社に駆け込めば保護されることが多かったが、家康は天下統一後、諸宗諸法度を制定し、寺社へ逃げ込んだ者を保護することを禁止した。
しかしこの東慶寺は、千姫が家康に女人救済のための避難所として特に認めさせ、いわば権現様(家康)お声懸かりの由来を持ち、江戸時代になってもその治外法権の権威は守られた寺であった。
この東慶寺を舞台とした小説は、今までにも何人かの作家によって、幾冊か書かれている。
ちなみに私は、隆慶一郎の『駆込寺蔭始末』(光文社)、井上ひさしの『東慶寺花だより』(文藝春秋)、そして今回読んだ本の著者が書いた『おねだり女房-影十手活殺帖』(講談社)等を読んでいる。
小説の中で著者は、幕府側には、東慶寺は治外法権を有して面白くない存在であり廃絶したいと考えている者もいたと説く。実際にどうだったかは不明だが、この辺りは宮本昌孝氏の想像による産物である。
ある日、江戸の町人女が寺に駆け込んでくるが、主人公の和三郎(東慶寺を守る忍者でもある)は、その女が時々垣間見せる武家のような仕草に疑問を抱く。江戸へ出て調べてみると、今回の駆け込みは、町年寄りや武家が絡んでいる大掛かりな芝居ということが分かった。東慶寺を好ましく思わぬ幕府の陰謀か?・・・
事件の背後には、幕府だけでなく、柳沢吉保の子、吉里に関わる秘事なども関わり、意外と奥深い作品となっている。
短編なので、50頁ほどの短い作品だが、短いながらも奥深い背景に基づく事件の展開を上手くまとめて、いい作品に仕上がっているなあと思った。
第2話は、織田信長の子でありながら、信長から実の我が子ではなさそうだと疑いを持たれて軽く遇された坊丸(後の源三郎勝長)を主人公とした『最後の赤備え』。
私は、勝長というこの人物を殆ど知らなかったが、武田氏に育てられ、武田源三郎勝長とまで名乗った人物がいたことに驚き、興味深く読ませてもらった。
第3話『袖簾』
天真正伝香取神道流の薙刀の達人で、京都の持妙院に仕える女性ながら怪力の大女で恐れられた天光の話。
五尺九寸の身の丈で今でも女性なら相当の髙身長といえる。顔は結構美人だったらしいが、当時なら化物と言われても仕方ないかもしれない。
この小説ではそんな彼女の女らしい恋心を描いているが、精神的な成長も描いている。
最終的には、あの小田原北条氏の祖となった伊勢新九郎の妻となったようだ。
第4話『雨の大飯殿橋』
宮本武蔵もからんだ敵討ちの話。
第5話『黒い川』
こちらも第4話と同様、敵討ちの話。若い頃の長谷川平蔵、銕三郎も出てくる。
日本の敵討ち史上、最少年の討手として残る実話であるらしい。
第6話『はては嵐の』
三好之長を主人公とした、この本の中に収録された話の中では一番長い作品である。
90頁ほどだから中編小説といえようか。
私は、歴史小説は好きだが、この小説が舞台の、応仁の乱から戦国初期の頃はあまり読んでいない。三好氏を主人公にした小説も初めて読んだ。
信長もの等の歴史小説に出てくる三好氏に対して私は、信長上洛後、信長を少し煩わす大して強くない京畿から四国にかけての一族というイメージをもっていた。
しかしこれを読んでみて、応仁の乱の頃にあっては三好氏は、武芸に秀でた一族であり、細川氏武力勢力の中枢を担う有力家臣であったことがよく分かる。
そしてこの小説の主人公・之長の時代、一時は管領代にまでなり、絶頂の時期などもあったことを知った。
この小説では、当時一流の武者であった之長が初恋を追い求めた男でもあったと設定し、只ひたすら武者として生きた男としてではなく、恋も侠気も勇気ある人間味豊かな主人公として描き、佳品に仕上げている。
どれもこれも傑作揃いです。お薦めの一冊である。
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