<百字紹介文>
日経新聞の人気コーナー『私の履歴書』で採り上げられた野依良治氏の記事をまとめた本。2001年にノーベル化学賞を受賞した理由など科学的な業績はあまり詳しくないが、彼の人生観、学問観などを知るにはいい本。
<詳しい紹介文>
私は、日本人でノーベル賞をとった科学者の一般向けの本は、できるだけ読むようにしている。
2001年にノーベル化学賞をとった野依氏の本も、今までに『研究はみずみずしく』(名古屋大学出版会)、『人生は意図を超えて-ノーベル化学賞への道-』(朝日選書)の2冊を読んでいる。
こちらの元記事は、日経新聞朝刊の人気コーナーで、何十年も昔から掲載されている連載読物の『私の履歴書』である。2008年9月に野依良治氏が執筆した記事に加筆してとりまとめたのが本書である。
私もサラリーマン時代、一時期、日経新聞をとっており、関心ある人物の記事の場合、欠かさず読むようにしていた。ここに納められた数々の履歴書は、後々貴重な現代史資料となるように思う。
この本を読んでまず思った事は、俗っぽい印象だが、野依良治氏の家系も、ノーベル賞をとるだけあって親族の面々は煌びやかで多士済々だなあということだ。華麗な一族とまで言うとオーバーだろうか。いや私の住む田舎ならまず間違いなく地元一の名士だろう。
資生堂の創業者、日銀の重役でアジア銀行の初代総裁、三井生命の初代会長、日窒コンツェルンの重役・・・、挙げていればキリがないくらいである。
先に揚げた『研究は・・・』と『人生は意図・・・』の2冊の方は、そういう家系に関する話も少しは載っていたのだろうが、私の記憶にはほとんど残っていない。BINAPという触媒を使った不斉合成反応によりノーベル化学賞受賞をとるにいたった経緯を、学生時代や学者となってからの話をエピソードなどを交えて紹介するもので、その業績の説明に重点が置かれていた。
私は大学受験の現役時代、化学系の学部を目指していたが、そんな私でもそれだけに読んでいて、結構難しい話も多かった。
今回の本は、ノーベル化学賞をとった受賞理由・業績内容の難しい話はさらっと流して、履歴書というだけに、人生の色々な場面で出会った人々との交流やそこから得た数値では測り難い価値・大切なものを何とか伝えようとしているように思えた。
またこの本では、野依氏が、大学の研究者、教育者としてのみならず、科学技術・学術審議会会長や日本化学会会長、理化学研究所理事長などを歴任し、日本の学術行政などに深く関わってきた経歴から得た考えなども色々述べられ、その方面でも参考になる本となっている。
ただし実のところ、それほど私の頭に印象深く頭に残る話はそう多くはなかった。
一つ言える事は、この本で野依氏の業績を詳しく知ろうという考えは捨てた方がいい。
日経新聞の「私の履歴書」のコーナーの野依氏の記事をまとめたものであり、あくまでどのような人生経験をしてきたかが、この本のポイントである。研究成果の内容自体の説明には注力されていないように思えた。
野依氏の業績の大雑把なイメージは掴めるかもしれないが、その程度である。
野依氏自身は、少年時代に化学会社の技術者だった父に連れられて、東レの社長が当時開発されたナイロン繊維について説明した講演会を聞きに行ったそうだ。「この繊維は石炭と水と空気からできている。そして蜘蛛の意図よりも細く、鋼より強い」との説明に感銘し、少年野依良治は「化学の力は凄い」と思ったという。それが化学を目指す契機になったようだ。
当初野依氏は、民間の化学会社で成果を出す技術者を目指していたが、京都大学大学院時代に助手を強く頼まれたのが契機で、学者の道に進むことになった。
この本では、心の遍歴も含めて、少年時代、灘中・高校〜京都大学〜同大学の助手時代、名古屋大学助教授、米国留学、名古屋大学、そしてその後の数々の世界的成果の話も紹介される。
ただし必ずしも時系列的には書かれていない。
そのせいかまとまりも欠け、どうも雑多な内容の感じは否めなかった。
ただし化学一筋に愚直に生きてきた野依氏の歩んできた道、人生観、学問観などを知るには、先に参考に揚げた同氏の他の2著よりはいいだろう。
また帯紙にも書いてあったが、野依氏が間近でみた「科学者」としての天皇陛下の貴重な存在にも改めて気付かされるだろう。若者の理系離れの今日にあって、科学技術の先進国である日本の国家元首が一流の科学者であるというのは、海外からみれば驚きであり、同時に成程と頷かざる得ない事実なのであろう。平和外交を推進するにも大いに役立っているように思えた。
我々日本人は、そういう意味での有難い存在である天皇という存在に、気づいている人間は少ないのではなかろうか。
読後感としては 少し雑多なイメージもありますが、得るところも多い本です。
お薦めの一冊です。
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