<百字紹介文>
80歳の瀬戸内寂聴さんが80歳で寂滅した釈迦の最後の旅を、主に従者アーナンダーの目を通して語った大作。釈迦自身や彼に帰依した人々のエピソードも回想等の形で色々と紹介され、良き釈迦入門書ともなっている。
<詳しい紹介文>
十年ほど前から、私は仏教関係の本もよく読むようになった。
欧米人などのクリスチャンや中東などのムスリムが、教祖キリストや教祖モハメッドの事績や伝説、エピソードに詳しいのに、(自分も含めての反省だが)日本人の釈迦の知識があまりにも乏しいことに、これではいけないと思うようになったのだ。
今年私は50歳を迎えたが、40歳頃からやっと信仰心のようなものも出てきたらしい。
仏教のみならず、『古事記』や『日本書紀』の内容も、日本人は知っているようであまり知らない方がほとんどではなかろうか。伝説的事項が多いとはいえ、日本人として日本の成り立ちに関する事項は知っていて当然ではなかろうか。
これは私の怠慢だけではなく、大きな原因は、文部科学省(旧文部省)や日教組の影響がかかなり有ろう。が50歳前後になってまで、その責めをそういう者らに押し付けていても仕方あるまい。
最近は自分で、折々に出来るだけそういった本を手にとり読むようにしてきた。
さて今回読んだのは、瀬戸内寂聴さんの『釈迦』である。
非常に有名な寂聴さんであるが、今回初めて彼女の本を読んだ。
内容は、釈迦晩年80歳、従者のアーナンダーを伴って最後の旅に出てからのことを扱ってる。
と言っても、旅の話というより、釈迦の生誕時の話や、釈迦出家の際の話、彼に帰依した人々の話、彼に従って出家した人々(義母のマハーパジャーティー、釈迦の妻ヤソーダラー、娼婦アンバパーリー、)の話などの昔の話をアーナンダーや釈迦、釈迦の妻ヤソーダラーなどが回想して語る話で紡がれている。
観音経などに出てくる有名なマガタ国の阿闍世(アジャセ)王の話等も勿論出てくる。最初に阿闍世王の話を知ったのは精神分析学者の小此木啓吾氏の本(阿闍世コンプレックスについて書かれた本)であったが、最近幾つかの仏教書でもそれらの話を何度か読んだ。
話はこうだ。マガタ国のビンビサーラ王は、妻ヴェーデーヒー王妃との間になかなか子供に恵まれなかった。そこで占い師に占わせたところ、ある山に住む仙人が死ねば王子に生まれ変わってこの世に出てくると聞き、王はその死を待ち切れず、人を差し向けてその仙人を殺してしまう。
が待望の子が生まれた後、占い師から、その子(アジャータサットゥ:阿闍世)が成人した後、両親に必ず仇を成すと聞き、王妃は高いところから赤子の王子を落として殺そうとする。幸い指に傷が出来ただけで王子は死なず、王妃もその後は考えを改めそれからは大事に育てる。
この話はその後、秘されるが、王子が大きくなった頃、釈迦の従兄のデーバダッタ(釈迦を引退させ教団を強引に引き継ごうとしたが失敗し、教壇から離脱した人物)から、両親が彼が赤子の頃彼を殺そうとした事を吹き込む。怒った王子アジャータサットゥは、父王、さらには母まで幽閉してしまう・・・という話。
こういう因果を負って釈迦のもとに出家してきた人々のエピソードなどもこの本の中に色々紹介されている。
よって釈迦(この本では多くの場合、世尊と書かれている)の主なエピソードを一通り知るには便利な本となっている。
勿論、仏教関係の本に書かれた内容をただアーナンダーなどの回想の形で紹介するだけでなく、小説家の寂聴さんだけに流石に、有名なエピソードの数々を彼女独自の無理のない修飾と筋立てで新たな作品に仕上げて紹介している。
生老病死、愛別離苦、会者定離などの有名な仏教用語も、釈迦が語る言葉やエピソードなど通して繰り返し出てくる。
それらは生きとし生けるものが皆必ず経験する事柄、よく考えれば単純至極な道理である。逆にそれゆえに人が目をそむけがちな真理で、重大真理を突いた深い重みをもったこれら言葉が、どういう背景から生まれてきたのか、こういう本を読みながら知るのもいいかもしれない。
日本に入って来た大乗仏教はその後大きく進展してきた。しかし日本の聖人・上人らのエピソードは多く語られるが、意外と釈迦の頃の話は相対的にあまり語られなくなったのではなかろうか。
時々手にする御経などもじっくり見ると(漢字で埋め尽くされていて普通の人はあまり分からないが)それらの話が述べられている場合がしばしばある。でも経典を解説した何かの本でも読まない限り、そこに書かれた内容を信徒は知らない場合がほとんどだ。
こういう状況は考えてみれば、おかしな状況だ。やはり仏教徒としては知るべき事柄ではなかろうか。最初にも述べたが、最近そう考え、できるだけ御経とは別のそういった解説書などやガイド本をよく読むようになった。
この本は、そういった本の中でも、小説としても秀逸であるし、釈迦の話のガイド本としても最良の本に入る一冊のように思う。
多くの日本人に薦めたい一冊です。
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