<百字紹介文>
平戸藩で有名な変人下級武士・雙星彦馬の許へ美女が嫁いできた。実は彼女は密貿易の疑いを探る為に送り込まれた幕府の密偵。失踪した妻を探しに江戸へ出た彦馬の活躍を描く他、前藩主松浦静山と幕府との暗闘も描く。
<詳しい紹介文>
書き下ろしだが、この後十巻ほど出ているシリーズものの第一弾だ。
私は忍者小説が結構好きだ。その中で昔からの主流の男忍者を中心とした忍者武闘ものも悪くは無いが、女性忍者を描いた‘くの一’ものも何ともいえぬ魅力がある。最近では1つのジャンルをなすかのごとく多種多様のものが出てきた。
‘くの一’ものは、女忍者ものだけに、山田風太郎とか六道慧が描くような妖艶というかエロチックなものが結構多い。実はこの本に対しても多少そういった面も期待したのだが、この本はどうやらその傾向は薄いようだ(少なくともこの第一弾を読んだ限り、エロチックな場面は全く無い)。
登場人物のプロフィールなどの紹介などしながら、いつものように粗筋など説明していこう。
今回はタイトルから分るように‘くの一’が絡むが、主人公は‘くの一’を妻とした男だ、平戸藩の御船手方書物天文係の雙星彦馬である。
彼は両親は早死にしておらず、三十俵一人扶持という少碌の下級藩士の身。が何十両もする望遠鏡を父祖伝来の田畑を売ってでも手に入れるような、三度の飯より星が好きという藩切っての変わり者だ。それだけにこれまで嫁ごうという女子は藩内にはほとんど現れなかった。
そんな彦馬のもとに、ある日上司の紹介で美しい嫁・織江がやってきた。実は彼女は幕府がお庭者として使っていた忍者で、いわば‘くの一’。彦馬は何も知らず喜んで迎え入れ、しばらく一緒に暮らすが、ある日彼女は突然姿を消す。
その同じ日、織江を紹介した上司が切腹自殺をした。何物かに屋敷に忍びこまれ色々書類など盗られ、何かの発覚を恐れての自殺と思われた。
彦馬の女房が突然姿を消した事、彼女の身元が出鱈目であったのが判明して、彦馬の妻・織江が怪しいと尋問を受けたが、彦馬は何もしらない。織江は幕府の密偵かもしれないと思われたが真相はわからずじまいに。
日数が経つにつれ彦馬は、織江がいない事に耐えられなくなり、遠縁のものを(藩の了解のもと)養子にして隠居し、織江が居そうな江戸に向かう。
事件の背景を述べると、松浦藩はこの頃盛んに船で九州近海を離れて南洋方面に進出したりして、幕府から密貿易をしているのではないかと疑われていた。それで幕府は密偵として‘くの一’の織江を平戸へ送り込んだのだ。
織江が彦馬のもとへ送られたのには訳があった。
前松浦藩主の松浦静山が、江戸の屋敷で御用商人(海産物問屋)の西海屋千右衛門と彦馬の話をしているのを誰か(密偵)に聞かれてしまったのだ。彦馬は藩内では変人と見なされていたが、前藩主の静山は、彦馬のことをその時‘彼は異物だが、だからこそ見所がある’と褒めたのだった。それ以外に藩の中で変人扱いされ要職にも就いていない彼のもとへ妻として密偵の‘くの一’が送られる理由は考えられなかった。
彦馬は船は漕げるが、剣はからっきし駄目であった。のんびりしているようだが頭脳は明晰。江戸へ出てくる途路も、事件を2,3解決。友人・西海屋千右衛門を頼って江戸に出てきたからも、寺泥棒の犯行を見抜いたり、千右衛門の友人で南町奉行所・臨時廻り同心の原田朔之助を助けて事件を解決したりと活躍する。
事件の内容など詳しいことをこれ以上書くと、ネタバレになるからやめておく。
つまりこの小説は、女忍者(くの一)ものというより、星のことなどに夢中な変人と思われている彦馬がその頭脳明晰を活かして捕物などに活躍するという小説かもしれない。
勿論それらの事件と並行して、平戸藩の松浦静山を中心とした動きに対して、その怪しげな動きの真相を探索したい幕府側で、くの一の織江が絡んでいくのだろう。
ところで松浦藩は、西国九州の5万1千石という小さな藩に過ぎぬが、前藩主、つまり隠居の静山は、時代小説には度々登場する。何故なら『甲子(かっし)夜話』という江戸時代屈指の膨大な随筆の著者として有名であるからだ。
松浦藩は、蒙古襲来時などに活躍した松浦水軍の血を引く家柄で、また確か明治天皇が彼の血を引いている。つまり現天皇家には彼の血が流れている。色々な意味で松浦静山は、興味深い人物だ。
このシリーズは、(第1弾を読んだ限りでの推測の話だが)松浦静山と雙星彦馬が今後益々繋がりを深め、話が展開していくようだ。
この第一弾は、正直に言えばめぼしい話がなく、何か物足りない感じがする。
中途半端な終わり方なので、逆に次作が気になってしょうがない。先ほど実は気が急いて第6弾まで買ってきた。
一気呵成とまでは行かぬだろうが、ここ数ヶ月でその辺りまで読もうと考えている。
第2弾以降も、勿論ここで紹介していくつもりなので、乞うご期待!
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