<百字紹介文>
藤沢周平の最晩年の短編集。東北の架空の海坂藩・海上藩を舞台とした時代小説3作品を収録。人生の哀歓や滑稽味・おかしみを見事に描いた珠玉の佳品です。巻末の解説は先年亡くなった落語家立川談志氏が書いている。
<詳しい紹介文>
この本を読み終えて、紹介文に本の写真を添えるため、ライフログを探していて気付いた。この本は私が既に2005年6月7日に一度読了していた。つまり再読である。
藤沢周平氏の最晩年の遺作短編集とある。
前回読んだ際は、文庫本ではなく単行本で表紙も紫色がかっていた。要は表紙のデザインが大幅に異なっていたので気付かなかったのだ。ライフログを探すまで全く気づかなかったとは、7年前に読んだ本とはいえ自分の記憶力の無さ(老化現象だろうか?)情けない。
再読だが前回は、今回改めて紹介文を書く。
藤沢周平氏の本は、このブログではあまり紹介してこなかったが、氏が生前の頃は私の一番好きな現役時代小説作家であった。今でも3本の指に入る時代小説作家である。
ファンのつもりだが、まだ読んでいない本も多い。藤沢作品は全部読むつもりだ。このブログでも紹介したいと思っている。
この本は、活字も結構大きい上に120頁ほどのボリュームなので、2,3時間もあれば(速読できる人は30分ほどで)読める本だと思う。
収録作品は、第1話「岡安家の犬」、第2話「静かな木」、第3話「偉丈夫」。
全て海坂(うなさか)藩もしくはその支藩・海上(うなかみ)藩という藤沢氏がよく用いる東北出羽国の架空の藩を舞台とした時代小説である。
第1話「岡安家の犬」
岡安家の犬・アカは、赤毛の犬だが、家族の皆から好かれている犬であった。ある日、岡安家の当主・甚之丞は、親友の野地金之助から犬鍋をやるから来てはどうかと誘われた。犬鍋は当時は、日本人も食ったようだ。甚之丞が食べてから、金之助に味を聞かれ、旨いと答えると、その犬の肉はお前の家の犬のアカだという。
悪ふざけに怒った甚之丞は、剣で勝負をしろというが、金之助は野地家を将来継ぐ身であり、そんな事は出来ないと言う。
甚之丞は、それなら今日から金之助と絶交し、(甚之丞の)妹との縁談は無かった事にすると宣言すると、金之助は慌てだす・・・・
第2話「静かな木」
こちらは御家騒動が絡んだ話。
ある日、家督を息子に譲り隠居の身にある布施孫左衛門が、釣りから帰る家路への途次、城下の福泉寺の境内に静かに立つ大欅をながめ、木に自分の老境の心情を重ね心惹かれた。
家へ帰ってみると石沢家へ嫁いだ娘の久仁が何か急用で訪れたという。異変を感じた彼は、すぐ出かけ、石沢家への途次、末子の邦之助が養子に入った間瀬家に寄ってみた。久仁が告げたかった大事は邦之助の事のようで、邦之助が鳥飼中老の惣領息子に侮りを受けたので、果たし合いを申し込んだのだという。
腹立ちて告げたものの、腕は鳥飼の方が上だという。しかも重職者への果たし合いだけに、たとえ勝ったとしても何かしらの処分は免れない。しかも邦之助は養子で間瀬家に迷惑がかかる。
孫左衛門は捨て置けないと、窮地打開に乗り出す・・・・
第3話「偉丈夫」
遺作で、収録の3作品の中でも一番短い話だ。
主人公の海上藩(海坂藩の支藩)の右筆役を務める片桐権兵衛は、馬のように大きい六尺にも及ぶ偉丈夫だが、ノミのような心臓をそなえる小心者。その彼が、本藩・海坂藩と長年の境界争いの交渉役に任命された。
無口で弁は立たないが、偉丈夫だけに押し出しがいいということで決まったのだ。
人一倍小心者だけに、御役が決まった日、彼は青ざめた顔で家に帰って来た・・・・。
藤沢氏の小説をいつも読んで思うのだが、各々の文章は簡潔で無駄が無い。短文だとその分、情趣に欠けそうなものだが、その逆で、気品高く趣深い。各作品に登場する主人公らの境遇は必ずしも恵まれたものではないが、矜持をもって精一杯生きる姿を描く。
ドラマで展開する事件を、その主人公らは、時には気迫たっぷりに、時には人生の達人らしく知恵と行動力で解決してゆく。人生の哀感や滑稽味を、見事に描いた作品が多い。
ところでこの文庫版には、もう一つ最後に見どころがある。それも巻末に。
というのは、解説を書いているのが、昨年亡くなった落語家の立川談志である。
私は今まで立川氏をそれほど買ってはいなかったが、藤沢周平氏の大ファンという彼の解説は、私などとても及ばぬ位に上手い、プロかと思える見事なものだ。
亡くなってからだが、立川氏に対する認識を改めた。
短編だが、3作品とも藤沢周平の名作にいれてもいい珠玉の佳品。
勿論、藤沢周平ファン必読の一冊である。

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