1975年発刊の古い本だ。昨年大阪に出張した際、梅田の古本屋で見つけた。
トインビーといえば、私が強い影響を受けた歴史家の一人だ。
最近は忘れられがちな歴史家かもしれないが、彼の主著『歴史の研究』はシュペングラーの『西洋の没落』と同様、世の人々を警醒した文明論として名高い本である。
思い出深い歴史家の本なので、迷わず買ってきた。
近年私が読む歴史書といえばほとんどが、日本史関係だが、学生の頃は世界史が主だった。高校では理系クラスだったこともあり、日本史は選択していない。
世界史は大の得意教科で、大学受験時に浪人して入った駿河台予備学校の模試などでも何度か成績結果に名前があがるほどであった。
予備校に大岡先生という世界史の先生がいらっしゃったが、私はこの方に大学の先生以上に感化を受け、歴史学へ興味を持った。
理由がある。大学合格を目指す予備校ではあったが、その大岡先生が、色々な歴史学の本を紹介してくれ、授業で挙げた本の感想文を書いてきたら添削してくれるというのだ。
私は憧れる先生にもっと親しく近づきたいと思い、受験勉強の合間にせっせと薦められる本を読んで、感想文を幾つも提出した。
木村尚三郎、増田四郎などの日本の歴史家の本もあったが、マルク・ブロック、ジェフリー・バラクロウ、アンリ・ピレンヌ、ハーバート・ノーマン、ヘルマン・シュライバーなど錚々たる歴史家の色々な本を紹介してもらった。その中の一冊がアーノルド・J・トインビーの『試練に立つ分文明』であった。
今回読んだ本はトインビー氏が国際PHP研究所に寄稿してきた7つの文章を中心に、対談やトインビー思想を一般に普及し実践しようとの趣旨で出来た「トインビー市民の会」の活動記録などが併録されている。
参考に目次を転記しておく。
○日本の活路を求めて
日本と私
物の豊かさ 心の豊かさ
歴史の教訓
アメリカは何を期待するか
中国の未来
国家指導者の条件
「西洋」が「東洋」に学ぶこと
精神のルネッサンス
明日への挑戦
○対談 アーノルド・J・トインビー/松下幸之助
現代人の宿題
○トインビー博士にきく 松岡紀雄
世界に生きる日本と日本人
○トインビーと日本
「トインビー市民の会」の記録
○編者あとがき
この本が書かれたのは、今から40年ほど前だが、この時点でトインビー氏は既に、現代をもって史上最大の危機時代ととらえていたようだ。物質的豊かさを求めて経済活動を拡大していけば、そう遠くない将来(孫とか曾孫などの数代先に)地球的規模の危機が訪れると危惧し警世した。
人間は、科学と技術を進歩させてきたが、人間が誕生してからこのかた、精神的には何ら成長していないという。現代技術の進歩の結果、人間は再生産不可能なかけがえのない無生物資源を、空前の規模と割合で消費する能力ばかりを身に付けた。
物質的豊かさ、経済的繁栄への欲求が習い性となった国家・集団・個人の自己中心性が、それらを加速度的に発達させ、飛躍的に成果の争奪(競争、時には戦争)が拡大教化されてきたという。
この欲求を根源とした力は、先進国などの一部の国の人々は豊かにしたが、同時に人口爆発、貧困、自然破壊、公害など様々な問題が噴出させ、それを拡大している。
彼は物質的な豊かさというものは、精神的な貧困をもたらすものでしかないととく。危機の世をいい方向へ立て直すには、まず第一に物質的な豊かさへの欲望は抑えよと説く。第二に、物質的な富の追求から精神的な富の追求へと、私たちの精力の向きを変えよと。
生物圏(ティヤール・ド・シャルダンの造語)の物質的資源に限界がある以上、物質的資源には限りがある。それに対して精神的富は、可能性としては無限である。つまり精神的な目標の追求こそ、人間活動のうちで無限に拡大する可能性を持つ唯一の領域だと説く。
そして特に宗教を勧めている。別にキリスト教だけを勧めている訳ではない。彼は世界の宗教についても詳しく、イスラム教、ヒンズー教、仏教や神道も、その教えの根本はそれほど違いはないとしており、それぞれに評価している。例えば神道は自然との共生という考えがある宗教なので、今後重要な役割を果たすことがある…といった感じ。
近年特に地球規模の環境破壊など叫ばれているせいか、古い本だが、あまり古さを感じない。普遍性を感じる本である。皮肉に読めば、奇麗ごと、理想論のオンパレードかもしれないが、彼の他の本を見ればわかるが、非常な学識に裏付けられた言葉だけに、その指摘に重みがある。
トインビーの言葉は、原文は英語ながら、翻訳が上手いのか、非常に平明簡易な文章です。古くて入手することは困難かも知れませんが、もし見かけたら敬遠せずに読むことをお薦めします。
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