私は、大学は某私大経済学科卒で、当時は専門書等千冊前後は読んだと思うので、自分では結構真面目に勉強してきたつもりでいる。
と云っても今では殆んど詳しいことは覚えていない。池上氏等の素人向けの分かり易い経済関係などの入門書を、(恥ずかしくも無く)嬉々として読んでいる。
ちくまプリマー新書の、プリマーもおそらくprimerで、入門書の意味ではなかろうか。
「見えざる手」は、勿論有名な「経済学の創始者」といわれるアダム・スミスの『国富論』に出てくる有名な言葉のことだ。私も『国富論』は原書ではなく岩波文庫だが苦労して読んだことがある。
彼が株式会社などをそれほど高く評価していない文章が出てきたり、意外な感じのする部分も多々あり、高校の教科書で習ったイメージとは大分違ったアダム・スミス像が得られると思う。若い経済学を勉強する学生には是非読んでもらいたい本である
この池上氏の本によれば、『国富論』の中には「見えざる手」という表現はたったの一回しか出てこないということだ。(そうだったかな?覚えていない。苦笑)
しかしこの「見えざる手」が経済のしくみのキーなのである(今では「神の見えざる手」と上に「神」という修飾語が冠されることが多いが)。池波氏が言うように、経済学とは「見えざる手」を見えるようにしようとする学問と言っても過言ではないだろう。
そういう意味で、池上氏はこの本で「見えざる手」をキーワードとし、その働きに注目し世の中を読み解き、経済学の基本というか、経済のしくみを「見えざる手」を使って説明していく。
ところで最初に私は大学時代に経済学を学んできた者であることを述べたが、そんな私でも、池上氏の経済の基本的用語など簡略な説明や指摘には感心させられる。
経済学の本を読めばそれなりの解説が出てくるのだろうが、池波氏のように、概念上の厳密な意味限定に拘らず、素人に短い言葉でストレートに分かり易く、しかも核心を突いた説明には、本当に脱帽ものだ。
そんな言葉をいくつか挙げてみたい。
「経済学とは、実は「資源の最適配分」を考える学問なのです。」
「お金が生まれたことで、私たちは分業ができるようになり、欲しいものと交換することで、豊かな暮らしを実現するようになったのです。同時に「需要と供給」の関係ができました。アダム・スミスが指摘した「見えざる手」の働きも生まれたのです。」
また中国政府が言う「社会主義市場経済」が、単なる「資本主義経済」とどこが違うかのべた文章の中でこう述べる。
「これは、国家の権力は、これまで通り中国共産党が続けるけど、経済は「市場経済」にする、というものです。「市場経済」とは「需要と供給」の関係に全てを任せるというもの。つまり資本主義そのものなのですが、これを中国共産党は「社会主義市場経済」と名付けたのです。要は、伝統的な社会主義経済が失敗したことを認めると中国共産党の責任になるので、「社会主義」の看板は下ろさないまま、資本主義を取り入れたという訳です。」
この本は、勿論何も「(神の)見えざる手」の働きを賛美するものではない。新自由主義的な考えの本でもない。
見えざる手の働きが失敗することもある(市場の失敗)ことを説明(例えば医療保険や水道などライフラインの分野など)。はっきりと市場経済の上手くいく(見えざる手が得意な)分野と、そうでない分野があることも明示し、それを見つけ出すのが経済学の役割であると述べる。
「市場経済を万能視しないこと。市場経済を敵視しないこと。全てを自己責任にしてしまわない。全てを「お上頼(かみだよ)り」にしない。要はバランスなのですね。・・・・人々の努力を最大限に引き出すためには、どうすればいいのか。これが「資源の最適配分」を考える経済学の課題です。」と述べる。
考えてみれば経済学の基本的事項だが、意外と多くの人が忘れてしまっている事でもあるような気がした。
そして上の言葉につづけてこうも言う。
「結果の平等」を追い求めると「社会主義」になってしまい、人々の労働意欲が失われます。結果の平等でなく、スタート地点ではみな同じ立場という「出発点の平等」を大切にすることです。・・・・・・出発点の平等を確保した上で、ある程度の「結果の不平等」が出る事は容認するしかないでしょう。しかし、その不平等が極端にならないように、所得の再配分が必要になるのです。
その再配分をどうすればいいのか。それを決めるのが、政治の力です。そしてその政治家を選ぶのは、あなたなのです。」
最近私が読んだ経済関係のある本に、アメリカで中流層が富み栄えていた時代は、戦後のニューディール政策後で、所得格差が大きく広がった時代ではなく、アメリカの歴史の中で一番「所得の再配分」が行われた時期だという意外な指摘があった。
資本主義などの経済史なども鑑みても、池上氏の指摘は意義深いもののように思う。
経済学の基本に立ち返りつつ、世の中の動きをじっくりと自分なりに見極める大切さを感じた。
お薦めの一冊です。
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