昨年10月鈴木章氏とともにノーベル化学賞を受賞した根岸英一氏が、受賞後一般向けの日本人(特に若い人向け?)に書かれた本だ。
受賞理由はこの本によると「1977年、有機亜鉛化合物と有機ハロゲン化物を、希少金属のパラジウムまたはニッケル触媒を用いて結合させたC-C結合生成物を得る根岸カップリングを発見、その業績により、鈴木章氏、リチャード・ヘック氏とともに、2010年10月6日ノーベル賞が決まった。」とある。
はっきり言ってこれだけでは、どのような研究が受賞の対象となったのか、イマイチよくわからない。
がこの本では、その受賞に至るまでの研究の困難などのエピソードとか、研究の詳しい内容やその意義を一般向けに易しく解説した頁は殆どない。
私は、これまでにも日本の自然科学関係のノーベル賞受賞者の本を色々読んできたが、受賞後書かれた本は、ある程度その研究内容などについて、簡単な一般向けの説明がされているのだが、今回は、少し言い訳程度に書かれているだけだ。
同じ化学賞の受賞者でも、野依良治氏や白川英樹氏、田中耕一氏、下村脩氏の本は、自分の研究内容の説明にそれなりに頁を割いて、一般読者が分るかどうかは別として、それなりに易しく説明する努力が見られたが、根岸氏の場合、この本からはそういう雰囲気は感じられなかった。
少し研究のことを述べてある箇所でも、カルボニレーションとか不斉合成などと言った言葉が、いきなりポンと出てくる。おそらく化学にさして詳しくない殆どの読者が面食らうのではなかろうか。
不斉合成(あるいは不斉触媒)、光学異性体などの化学用語を、野依氏などは、結構丁寧に説明していたが、この根岸氏はそういうのは面倒だとか、無駄な苦労と思うのだろうか、ちょっと親切心が欠ける気がした。
ただこの本の主旨というか目的は、研究内容の説明よりも、自分の人生を振り返り、海外に出て行くのが消極的になった現代の若者へのメッセージにあり、そこに重点が置かれていると考えた方がいいのだろう。
若者に、大きな夢を抱いて積極的に海外に出て行き、いい師のもとで研鑽し、夢を実現する努力することを勧め、鼓舞した本といえよう。
日本が生き残っていくためには、今後も世界と競争していく事が是非とも必要であり、そのためには多くの日本人が、目指すものの最先端を行く世界の場で、最良の師を求め、その下で最高の指導を受けて研鑽することが重要だと説いている。
当然といえば、当然の事だが、科学者の最高の栄誉・ノーベル賞受賞者の弁だけに重みがある。
一応参考のために目次を下に掲載する。
はじめに
若者よ海外へ出よ!
第1章 夢をかなえた朝
ノーベル賞の思い
第2章 ブロークンイングリッシュでいいじゃないか
英語は世界語?
自己評価が大切
第3章 幼少期~学生時代
満州から京城へ
引き揚げと自給自足の生活
名門校で連続トップ
第4章 大学時代、そして社会へ
専攻選択は現実的
企業研究者になる
フルブライト留学生
単打主義でいい
第5章 再びアメリカへ
ブラウン研究室にて
わたしのヒーローたち
第6章 研究者として
研究の基本について
有機化学とノーベル賞
科学研究と平和
第7章 大学での日々
パデュー大学教授となる
日本に戻れなかった
アメリカのフレキシビリティ
第8章 科学の未来を育てる
研究は続く
ポストノーベル
第9章 ライフスタイルも追求型
いつも音楽とともにブラックダイヤに挑戦
ゴルフは耳でやるものです
ウエストラファイエットの生活
第10章 豊かな人生にするために
追求の果てにあるもの
付録
Negishi Sayings(根岸語録)
経歴、受賞歴、業績
あとがき
私のような50近くのオジンではなく、やはり若者に読んでいただきたい一冊である。
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