主人公は、『東海道五十三次』の絵で有名な安藤広重である。ただしプロの絵師としての広重ではなく、八代河岸定火消の19歳というまだ若い同心・安藤重右衛門として登場する。彼は、その頃既に絵の師匠・歌川豊広から広重の名をもらい、絵師としては歌川広重と名乗っていたらしい。
同じ定火消の仲間には、三歳年上の同僚にして幼馴染が2人いた。一人は鞭を思わせるしなやかなな体つきの西村信之介。もう一人は、がっちりした体躯の大男・猪瀬五郎太だ。広重は彼ら2人より3歳年下であるだけでなく、童顔でもあったので、特に信之介からは、よくかいまじりに「重坊(しげぼう)」と呼ばれていたという。
といっても広重をいじめるような悪友ではなく、表面上はからかったりしてみても、実のところ何かと広重の事を思いやるいい仲間であった。
この八代河岸定火消を束ねる与力・小此木啓佑もカッコイイ。直新陰流の凄腕である。部下をじっと見ている訳でもないのに、見るべきものはしっかり見ている理知的で威厳ある上司といった感じ。私はまた名前から20年ほど昔よく著書を読んでいた、精神分析家の小此木啓吾氏を連想し、イメージを重ねてしまった。
さてその年、江戸では不審火が相次いだ。広重お気に入りの桜の木がある八丁堀の玉円寺から出火し、一円を焼失した。牛込袋町の光照寺でも勢至菩薩像から出火、これは小火(ぼや)で収まる。他にも幾つか怪しい出火があった。
そんなある日、八代河岸定火消の五郎太のもとに、光照寺の哲正という若い小僧が訪ねてきた。仲間の森念が小火の過失を問われて、年上の僧らから責任を押し付けられそうになっているが、森念は否定している。助力を得たいと言う。
3人が哲正と連れだって光照寺に行くと、森念が先輩の僧らに責められている最中だった。彼ら3人が見ても、過失の火にしては、不審な点が多かった。3人が現れた後、この牛込袋町を管轄とする飯田町の定火消の連中も現れ、居続けると喧嘩になる恐れがあったのですぐに退散した。が、付け火を確信した3人は、その後も光照寺周囲を探索してまわった。
ある夕方五郎太が、そんな捜査も兼ねた市中見回りを終えて馴染みの飲屋へ行った。そこでチンピラに騙され、下戸なのに鱈腹飲まされ、帰り道襲われた。蹴る殴るの暴行を受けたが大怪我には至らなかった。
襲った犯人は、五郎太が下戸だということをよく知る連中らしい。巷で噂の「頼まれ火付け」の噂なども気になる。襲ったのは「頼まれ火付け」の連中ではなかろうか。
五郎太は襲われた時、顔までは確認できなかったが連中のうちの一人が両足の内側に彫っていた刺青を覚えていた。だがその聞き取りをした広重は、その刺青をした男を広重が玉円寺の火事の際、見て覚えていた。刺青は「風神雷神図」。飯田町定火消ではなく、町火消の百組にいた男。広重が早速何十枚とその似せ絵を画き、調査を開始。・・・・
広重は、その刺青男の似せ絵とは別の絵をもって、玉円寺の火事があった際、火事場にいた少女を探すが、それが彼とその少女を敵の罠の中へ引き込むことへ・・・・。
後半の「頼み火付け」の「狐火」の連中との格闘するクライマックスに至るまでも、緊張感にあふれ、ゾクゾクワクワクと読者を楽しませてくれる。新人の作品といわれると、確かに少し驚きだ。今後が楽しみである。
時代小説ファンにはお薦めの一冊です。
(この記事は、七尾市立図書館から借りてきた本を参考に書いています)
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