新年最初の記事だからという訳ではないが、「福の神」に関する本を読んでみた。私は結構昔から、四天王とか七福神など神様の由来などに興味があるのだ。
著者のひろさちや氏は高名な仏教学者だ。仏教関係の本では私がよく読む作家の一人である。
七福神など福の神は必ずしも仏教の神様とは限らない。神道の神様、道教由来の神様etc…色々おはします。ある意味、神道の方が近いかもしれない。
しかしである。例えば七福神について、その神々の由来など詳しく調べてみると、日本固有の神というものは一柱として無いのがわかる。その信仰のあり方を考えてみると、単に御利益信仰では危うく、仏教精神に基づいた福神信仰が一番いいと著者は言う。
実際、そんな福の神を著者専門の仏教学の立場からアプローチすることによって、実にみごとにその本質を説明してみせる。
また神道そのものも、仏教の側と比較したり関係性を見たりすることによって、よりよく理解できることがわかる。
日本の福の神の由来を調べると、日本古来の神々のほかに、仏教の仏・菩薩etc、バラモン教及びヒンドゥー教の神々、道教の神々、儒教…、実に様々な宗教が関わっている。
それらを調べることで、日本人の宗教観にあらためて気付かされたり、またいつのまにか仏教思想や仏教史まで概観していることにも気付き驚かされる。
ところで、日本の福の神にインドの神々が多数入ってきた理由について、この本を参考に少し述る。
ひろさちや氏は、神道を「祖先神への崇拝を中心とした民族宗教」と定義する。
民族宗教とは何か?特定の教祖がない自然発生的な宗教を云い、例えばバラモン教(インドに侵入したアーリア人の宗教)、ヒンドゥー教(インド原住民とアーリア人の混血が進むに従って、バラモン教の中にインド先住民族の信仰が採りいれられ出来たインド人の宗教)なども民族宗教である。
民族宗教は、皆多神教という。ひろさちや氏は、しかし同じ多神教でも日本の神道とバラモン教では随分異なると述べる。
日本の神道は、天照大神を最高神、ピラミッドの頂点とし、多数の神々に序列が付けられるヒエラルキー構造だが、バラモン教の教えは最高神がいない。いないというより全ての神が最高神といった方がいいような宗教だという。
釈迦は、悟りを開いた後、その教えを説き弘めようとしますが、全ての衆生を救いたいとは思えども、最初から無理なので、最初は後継者を養成するため自力本願の小乗の教えを弘めた。
釈迦没後4,5百年頃か、もうそろそろ釈迦が本当は目指した大乗を始めてもいいだろうということで、全ての衆生を救おうとの大乗の教えが出てきたといいます。
この大乗の教えの成立と前後して、それまで仏教の教えの外にあった、ヒンドゥー教の神々、いわばインド土着の神々が仏教の中に入ってきたという。
インド人も、日本人が神道と仏教の両方を何ら問題なく信仰できるように、民族宗教であるヒンドゥー教と、他の宗教を同時に信仰することが出来るそうだ。
それで大乗の教えが出来た頃、それまで仏教とは関係のなかったインド固有の神々も仏教の神々に取り込まれ、密教として中国を経由して日本にも伝わったそうだ。つまり密教はヒンドゥー教化した仏教だという。
ひろさちや氏は、日本の現在の福の神信仰が、かなり利益信仰に傾倒しすぎていることを批判し、仏教的な福の神信仰のあり方がいいと述べます。
現在の日本の利益信仰重視の福の神信仰を、「ブラックボックス型の神様」という面白い表現をしています。お賽銭なりご祈祷をインプットしてみて、ご利益がアウトプットされるか否かで良し悪しを決める。これは非常に間違った信仰の形だといいます。
そもそも福の神とか貧乏神、善神・悪神という分け方も、良くない。福の神と貧乏神は一体かあるいは同じ神の表と裏と見る方がよく、福の神一方だけ信仰するのは合理的な信仰というより、福の神の利益自体が劇薬的・麻薬的効果を持つために、その反面の効果が悪く出て不幸として現れることもあるという。
だから仏教的な福神信仰が一番いいと説く。仏教の教えの真髄は、中道の精神である。利益を願うにも自己中心的に偏って願うのでなく、何事にも表裏の面があるとして、偏りなく信仰するのがよいと説く。病気を治したい、長生きしたいと祈り願ううちに、祈りそのもの大事さに気付くことが、仏教に限らず真の信仰のあり方だと述べる。
この本には、七福神の神々、仏、菩薩、明王、四天王、歓喜天、韋駄天、摩利支天、荼吉尼天、聖天、鬼子母神、帝釈天、梵天、弁天、大黒天、恵比寿、吉祥天女etc・…実に様々な福神が紹介されている。
タイトルの「入門」の文字から判るように、この本は福の神の指南書である。さりながら単なるノウハウ的な本ではなく、日本で信仰されている沢山の福の神の「ルーツを探りながら、日本独特の神々の姿や日本人宗教観を浮き彫りにする。福の神との付き合い方を伝授する」格好の指南の書となっている。
皆様にお薦めしたい一冊です。
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