< 2012年 02月 >
- 『ポスト資本主義社会』(P・F・ドラッカー著・ダイヤモンド社)を読了した[ 2012-02-29 16:50 ]
- 『美作の風』(今井絵美子著・角川春樹事務所)を読了した[ 2012-02-26 09:17 ]
- 『八甲田山死の彷徨』(新田次郎著・新潮文庫)を読了した[ 2012-02-25 08:28 ]
- 『海の日本史』(中江克巳著・河出文庫)を読了した[ 2012-02-23 21:18 ]
- 『NHKスペシャル 灼熱アジア』(NHKスペシャル取材班・講談社)を読了した[ 2012-02-22 14:51 ]
- 『感染症 広がりと防ぎ方』(井上栄著・中公新書)を読了した[ 2012-02-21 11:37 ]
- 『養老孟司・学問の格闘-「人間」をめぐる14人の俊英との論戦』(日経サイエンス)を読了した[ 2012-02-19 20:30 ]
- 『仕組まれた円高』(ベンジャミン・フルフォード著:青春出版社)を読了した[ 2012-02-19 18:39 ]
- 『しがみつかない生き方-「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』(香山リカ著・幻冬舎新書)を読了した[ 2012-02-18 12:55 ]
- 『田中ひろみの神社に行こう!~イチからわかる参拝案内~』(田中ひろみ著・講談社)を読了した[ 2012-02-09 16:09 ]
『ポスト資本主義社会』(P・F・ドラッカー著・ダイヤモンド社)を読了した
<百字紹介文>
ドラッカー氏が、自分がポスト資本主義社会と名付けた現代を、どう見て何をすべきか書いた本(氏はその時代への転換期にあたる時期は2020年頃まで続く考えている)。名著だが文章は平易明瞭で非常に示唆に富む。
<詳しい紹介文>
いつ頃からだろう、本屋の経営学やビジネス関係の棚をみると、やたらとドラッカー関係の本を見出すようになった。私は某私大政経学部経済学科の出身だが、名は聞いた事があったが、正直言って当時(30年ほど前)は全く注目していなかった。
現代経営学またはマネジメントの発明者とも言われる学者らしいから、経営学部なら、知っていて当然の学者なのだろう(生憎私は学生時代、経営学は概論程度でしか勉強しなかったので不詳である)。
本屋へ行くと、ドラッカーの説くところを漫画で易しく解説した入門書他、数限りない解説書・入門書が置いてあるので、相当難しいのかな?と思っていた。
先日の日曜日、図書館へ行ったらこの本が目に付いた。ちょっと手にとって読んでみると、どこでも平易明瞭にスラスラ読めた。
少なくとも私が学生の頃、ゼミで輪読しながら四苦八苦して理解したケインズ『一般理論』や、アダム・スミス『国富論』、サムエルソン『経済学』等の経済学の本よりよっぽど平易に感じた。よってすぐ借りてきて読み始めた次第である。
こんな平易明瞭な本ならば、大学生なら英語の原書までとはいわないが、解説書でなく訳書くらい読んでもらいたいものである。
以前このブログ宿輪氏の『通貨経済学入門』という本を、紹介した事がある。私はその本が非常に平易に思え、ブログにそう感想も書いたのだが、その後偶然知った事だが、宿輪氏教える慶応大学の生徒がその本を難しい難しいといって読んでいると聞いた。
現代の学生は、入試レベルだけでなく大学生レベルが全体的に相当低下したのを実感した。
年寄りっぽい愚痴はこの辺でやめておこう。話を戻す。
私は余りにもこの本が面白いので、本屋へ行って、ドラッカーの本を探し、『【エッセンシャル版】マネジメント』、『プロフェッショナルの原典』2冊購入してきた。また近々読んで紹介したい。
さて今回読んだこの本だが、図書館から借りた本で購入本でないので、傍線をひいたり、書き込みが出来ず、引用しにくい。その上、紹介したい気に入った文章が書かれた箇所が山ほどある。がちょっと頑張って少し紹介したい。
タイトルの「ポスト資本主義社会」という名からすると、社会主義社会を想像する方も要るかもしれない。マルクス主義が知識人の間で大きな影響力をもっていた間は、マルクスの資本主義の時代の後には、(マルクス主義的)社会主義の時代がやってくるとの誰にも知られた主張があった。ここではそんな社会主義社会ではなく、ドラッカーが指摘する「知識社会」への移行のことを指している。
「ポスト資本主義社会は、知識社会であるとともに、同時に組織社会である。しかしこの2つの社会は、相互依存の関係にありながら、その概念、世界観、価値観を異にする。」という。(これだけではちょっと理解しにくいが御勘弁!!)
副題に「21世紀の組織と人間はどう変わるか」とある。ドラッカーは今の時代を指折に数えられる歴史上一大転換点と考え、今日を見るためだけでなく、明日を見るため、また明日のために今日何をすべきかを指摘している。
ドラッカーは、このポスト資本主義社会は、「普遍性」を持つ「教育ある人間」を必要とすると指摘し(詳しくは本書を読んでもらいたい)、「教育ある人間は」の大部分が、組織の一員として自らの知識を適用するという。
そして「教育ある人間」は2つの文化、すなわち一方は言葉や思想に焦点を合わせた「知識人の文化」と、一方は人間と仕事に合わせた「管理者」の文化の中で生き、働くことができねばならない、という。
「「知識人」には、道具としての組織が必要である。組織のおかげで、彼ら知識人は、彼らのテクノー(技能)、すなわちその専門家された知識を適用することが可能となる。
他方、「管理者」は、知識をもって組織の目的を実現するための手段と見る。
いずれも正しいが、両社は対照的である。しかし対立ではなく、二極の関係にある。互いが互いを必要とする。
研究者は研究管理者を必要とし、研究管理者は研究者を必要とする。両者の均衡が崩れるならば、仕事は行われず、欲求不満が生まれるだけとなる。・・・・・」
上の引用は、彼の主旨のほんの1つだ。引用したい箇所をピックアップしていると、いくら紙面があっても足りない。ウウーーん困った、紹介したい箇所が有り過ぎる!
仕方ない、あとは経歴など簡単に紹介して、今回は終えたい。
ドラッカー氏は、1960年代頃から、日本に注目し、日本に関しての言及も非常に多い。1985年9月のプラザ合意以降、急速な円高ドル安が起きその後の低金利政策で、日本では土地投機など大流行となるバブル社会が到来するが、それまでの日本経済は高く評価しているようだ。
そういう意味では、他の著名な外国の経営学者より、日本人にとってそれだけでも示唆に富む学者といえるだろう。
経歴が凄い。2005年に亡くなっているようだが、1909年11月生オーストリアのウィーンでまれた。ユダヤ系だったため、ナチスの迫害を逃れ渡英して、ロンドンで活躍したあと、アメリカに移住し、アメリカでさらに活躍。
その20代から亡くなる晩年までに、実に多くの著述を精力的に書いている。
今回この一冊で、私はドラッカー魅せられた。この本は本屋へ行っても見つからなかったが、後日購入して再度読みたいと思っている。
アメリカでは1992年(20年前)の比較的古い本だが、古さは全然感じられない。
取り上げられる課題などはまさに今の日本人が考え、取り組む問題のように思えた。
明日の日本を憂うる多くの日本人に読んでもらいたい一冊です。

『美作の風』(今井絵美子著・角川春樹事務所)を読了した
<百字紹介文>
徳川吉宗の享保の改革の頃、美作の国(岡山県東北部)の津山松平藩で起きた一揆騒動を題材に描いた時代小説。武士的規範ではなく人間的価値観、農民でも矜持ある生き方を・・・人間らしい生き方を夢見た人々を描く。
<詳しい紹介文>
江戸中期、徳川吉宗将軍の頃に美作国・津山松平藩で起きた一揆騒動を題材に書かれた小説である。この津山藩は家康の次男・結城秀康を藩祖とする譜代大名ながら、この江戸中期までの経緯を見ても、苦難の連続であった。
その経緯は複雑なので詳しくは書かないが、ちょっとだけ記す。
秀康の時代からの領地の変遷をあげてみよう。下総→越前北の庄→越後高田→美作津山となる。この間、何度も藩内で家臣間の対立があり、越前高田時代には、藩主光長の後継者争いが混乱を極めた。綱国に跡継が決まってもまだ揉めたため、幕府が介入し、一時は領地没収、藩主が伊予松山に流罪という憂き目にあう。
その後、高田松平藩の家臣はお家再考の嘆願を重ねた。幕府も家康の系譜の家系であることから無下にも出来ず、跡継ぎを綱国からあらたに矩栄(のりよし)(光長の従兄弟の子)とし、森家改易後の津山10万石を与え藩を再興させた。
この藩が、財政難のために騒動を起こすことになるのだ。
いつものように粗筋を書く。
主人公は、この津山松平藩の家中で越前時代からの家臣の家柄である生瀬圭吾(うぶせけいご)といい、勘定方の仕事を勤める人物。
この藩では家格に関して厳しい御定書があり、家格を大きく超えて勝手に結婚できないようになっていた。それを破って無理に結婚すれば、格式を下げられ石高・扶持なども下がる訳である。ましてや武家以外の者との結婚はそれまでに例も無く、問題外であった。
しかし圭吾は自分の家に大庄屋の家から家事見習いに来ていた一つ年上の女・美音(みね)が、父の死後、去って他へ嫁ぐのが耐え切れず、自分の嫁にしたいと言い出す。彼の母は猛反対するが、圭吾は城代家老・安藤靭負に相談、安藤は請負い、美音を一度藩士の養女としてから、生瀬家に嫁がせた。ただし家格は降格、禄高も百石削られ80石に減俸となる。
圭吾の母・於里久は、家格・禄高が下がったため、この後美音を下女と同じ扱いにする。
圭吾夫婦がそんな母の嫌がらせに堪えて生活していた頃、圭吾と剣術の道場仲間であった真木威一郎が舅と妻を殺した後に割腹自殺するという事件が起こった。公金横領や賄賂の罪が囁かれるが、詳しいことは秘され箝口令が布かれた。
そんな折、圭吾は安藤城代家老に呼ばれ、郡代所預けとなり三木甚左衛門(山中三触代官)の下につき、補佐をすることになった。山中とは津山藩の山間の一地方で、山中三触とはその山中地方の三ヶ村にお触れ(藩の命令などの通達)を出す役。
津山藩は、この時期財政難にあり、藩士の半知借上など行ったが、それでも足りず、在中惣呑込職という在方支配の久保新平を中心に財政改革が行われることになったのだ。
年貢増加、収納貫徹を主張する久保が中心になって、山中三触なども協力して実施されることになった。9月15日から収納開始、10月15日までの1月で収納完了するという厳しい内容だった。
これを実施するとなると例年になく非常に短期間なので、農民は他に仕事は出来ず、この作業に終日追われることになる。村役人である庄屋への説明会で、強い反対意見が出たこともあり、収納が順調に行くか危ぶまれた。
実は今度の改革の中心人物の久保新平は、元々は江戸城の茶坊主。津藩江戸家老佐久間主計と老中水野忠之とのつながりで津山藩祐筆久保家へ養子として入り異例の出世を遂げた人物であった。真木威一郎の死も久保の過度な政策と関係していた。
城代家老安藤は、表向き久保のやり方に賛同していたが、実際にはその過度な改革に危惧しブレーキをかけたがっていた。彼の側近、三木に圭吾らを補佐に付けることで、久保の過度なやり方への牽制とすると同時に、自分への連絡係りを行わせようと考えたのだった。
村々を巡視の廻村に出た圭吾らは、予想に反して順調に運ぶ収納に安堵するが、しかし藩主の急死が飛脚によって告げられると事態は一変する。跡継ぎは、何とか急遽決められ、藩存続は認められたが、家禄は10万石から5万石に減知されてしまった。
藩領の半分が幕府に召上げられるという訳だ。どこが召上げ地とはなかなか決まらないだけに、領内の農民の間で動揺が起こった。何故なら、今回津藩から年貢増加の通達を受け収納された米が、幕領となった後に反故にされ、年貢をもう一度徴収されかねないからであった。農民はあちこちで寄り合いを行い、不穏な動きを見せた・…
今回もまた粗筋を詳しく書いてしまった。
この一揆の内容自体は、私は(作者はどう言うか知らないが)とりわけ珍しくも大きくもない、日本全国あちこちで起きた農民騒動の1つに過ぎないような事件だと思う。
この小説を、異色な歴史小説とし、作家によっては“新境地を開いた”などと高く評価しているのは、この事件に深く関わる主人公が、減録や謹慎、最終的には召し放ちという目にあいながらも、武士的名誉に拘らず、よって命令されねば切腹もせず、(農民とも人間らしく付き合い)より人間らしく生きようと願った姿(今までにあまり描かれなかった武士の姿)を描いたからではなかろうか。
この事件は実際あった事件にしても、この主人公の生き方はおそらくフィクションであろう。著者は女性の作家だけに、封建的な考え、武士的な考えに疑問を感じ、俸禄や家格などよりも、(現代的ともいえる)人間的によりよく生きる生き方の素晴らしさを訴えたかったのではなかろうか。
農民に胡坐をかく武士の生き方の批判も、私には何か、現代社会のある階級への批判のような気がした。
妻、母、子などを大事にした生き方をし、たとえそれが原因で辛い境遇に落ちようとも人間的に落ち度の無い暮らしの方が真実幸せな生き方だといいたかったのかもしれない。
もし作者がそう考えているなら少し理想論的、観念論的過ぎ、甘過ぎる気がしないではないが、私も人生欲張らず誠実に一生懸命生きるのが一番と考えているので、基本的には賛同する。
私は泣くほどの感動しなかったが、女性などには、涙ものの小説かもしれない。

『八甲田山死の彷徨』(新田次郎著・新潮文庫)を読了した
<百字紹介文>
日本を代表する山岳小説で、映画化され新田次郎氏の代表作の1つでもある。日露戦争前、露による移動路破壊の想定のもと、第8師団が行った八甲田山雪中行軍という訓練が引起こした悲劇を題材に描かれた小説である。
<詳しい紹介文>
本を買ってから、読もう読もうと思いつい今まで読まなかった本をやっと読んだ。
実は30年近くまえに買った本だ。
東京の某私大体育会ワンダーフォーゲル部にいた頃、必読書の1冊として買ったのだが、当時は読んだふりして今まで読まなかったのである。
体育会といっても、山岳関係のため参考に山岳小説や登山のドキュメントものなどを読んでレポートを書かされることが多かったのだ。
当時この小説は既に映画化され有名過ぎたためだろうか、感想文を求められなかった事もあり今まで読まなかった。
今読んでみて、こんなに面白いのに、勿体無いことをしたなあーという感じだ。
舞台は明治35年、日露戦争開始が既定のごとくに話されていた頃の話である。
青森にあった第八師団司令部が、日露戦争開戦によって津軽海峡及び陸奥湾が封鎖され、鉄道及び道路が艦砲射撃によって利用できなくなった場合を想定して、軍の移動を如何にすべきかなど研究するために演習として青森の第5連隊と弘前の第31連隊に雪中行軍することを勧めた。
両連隊はそれを了承し、同じ師団内ながらライバル関係にあったので、雪中行軍の際に八甲田山中ですれ違うことを期して分かれる。
二つの連隊とも駐屯地は、青森県内だが、弘前の第31連隊が青森県出身者が多く比較的新しく出来た連帯であるのに対して、青森市の第5連隊は岩手や宮城といった青森以外の人間が大半を占めた。
弘前の第31連隊は、徳島大尉が指揮官として中隊規模の30数名の少数精鋭で臨んだ。以前小規模な雪中行軍をおこなった際、たった一人の負傷が多くの人に影響を与え困窮した苦い経験を持っていた。その際、方位磁石が寒さで利かなくなった経験から、今回は案内役を1人から数人必ず用いることにした。
弘前を基点に時計と反対周りに210余キロを踏破する計画だが、必要不可欠な装備だけの軽装にし、途中隊員らには種々の研究課題も与えながら、その成果を活かしつつ行軍方法を随時改善していく方法を採った。
一方、第5連隊は、指揮官は(某隊中隊長の)神田大尉だが、210名という大隊規模の行軍であり、第5連隊全体が関わり、連隊本部から山田少佐などが見識を広めるためという加わるという内容であった。これが後々、指揮系統の乱れを招き悲劇を生む大きな要因となっていく。
コース的には八甲田山を北から南に縦断するだけで第31連帯と比べると非常に短いが、段階を踏まずに山道へ入るなり最難関の難路に挑む訳だから、本来は予備訓練や事前準備が十分なされねばならないところ、実際には逆だった。
第5連隊は、東北出身者で占められてはいたが青森と比べれば雪も少ない東北南部の県の出身者がほとんど。冬の八甲田山の恐ろしさをなめていた。指揮官の神田大尉は十分に危険を認識していたが、兵士らはコースの宿泊予定地にあった温泉へ行く遠足気分。
しかも山田大隊長が、神田大尉の指揮権に干渉しないどころか、(神田大尉希望の)少数精鋭ではなく大隊規模で行うとか、第31連隊が先に出発するという情報に第5連隊も遅れじと計画を急がせ(そのため十分な準備ができなかった)、案内人は不要とか、神田大尉の方針とは大きく違うものに歪めてしまう。
実際雪中行軍を実施しはじめてからも、猛吹雪に遭って退却など話し合っていた最中に、山田大尉の前進命令など、指揮権を勝手な剥奪などで指揮系統を乱し、その後この第5連隊の行軍はどんどん危機に瀕していく。
折りしもこの時、旭川で零下41度という史上最低の気温を記録した大寒波が、八甲田山も襲い、行軍は最悪の条件となった。
それに対して八甲田山を第5連隊とは逆に南部から北部へ抜ける計画の徳島大尉率いる第31連帯は、途中困難に見舞われながらもそれを克服し、奇蹟の八甲田山縦断を成し遂げる。・…
ちょっと詳しく粗筋を詳しく書きすぎたかな?!
私がワンダーフォーゲル部にいたとき、山(というか自然)は、なめたら酷い目に遭うとつくづく思ったものだ。ワンダーフォーゲルとはドイツ陸軍が山中縦走などの訓練を行ったのが起源のスポーツで、日本語に訳せば‘渡り鳥’である。
100人以上所属したその部では、山中縦走する際、幾つものグループに分けられ、それぞれのパーティには、以前同じルートを経験したことがある3年生か4年生の上級生が数人つき指導した。
同じ頃、初歩クラスの丹沢山系で多数の死者を出す事故など他大学のワンダーフォーゲル部では不祥事が相次いだ。
思うに険しい山を集団で縦走するという行為は、一つのプロジェクトである。気象庁でここ数週間の関連気象データを調べたり、先輩が残した過去の縦走記(あるいは山岳小説・山岳ドキュメント)を読んだり・…そういった入念な準備、それと多くの山での訓練・経験や日頃の踏破するだけの体力づくりがあって初めて可能になるのだと思う。
未熟な案内者による観光気分の山登りで、近年多くの事故が多発しているが、私には起こるべくして起こった事故に思える。無事で終わった山登りは、天気に恵まれただけという気がする。
こういう困難な山の縦走は、強力なリーダー的人間をつくる訓練にもなるだけに今後も行われることが多かろう。それ自体は否定しないが、ろくに準備や訓練もせずに精神論だけで臨むバカなことだけはやめて欲しいと思う。
何はともあれ、この本は読んでみて思ったのだが、やはり名作である。
少なくとも日本を代表する山岳小説の1つである。
多くの日本人に読んでもらいたい一冊である。

『海の日本史』(中江克巳著・河出文庫)を読了した
<百字紹介文>
四方を海に囲まれた島国でありながら海への関心がイマイチ薄い日本。今迄の歴史では海からの視点が欠けものが多々あったが、この本は海から日本史を見直している。新たな視野で知見を増やし将来に役立ててはいかが。
<詳しい紹介文>
著者は函館で生まれ、小さい時から海に関心を持ち、外国船の船乗りなどに憧れたそうだ。しかし結局は出版社に勤め、編集などの仕事を経て物書きになったようだ。
私も日本海側有数の天然の良港(貿易港)・七尾(石川県能登)に生まれ育ち、そのせいか著者と同様子供の頃から海に関心が強く、子供の頃は港で貨物船の入港接岸・離岸出航の作業を何時間も飽きずにながめるのが好きだった。
そして大きくなったらやはり外国船の船乗りになりたかったが、結局は兄や親の勧めなどで進学し、船乗りとは違う道を歩んでしまった。とはいえこの本の著者と同様、海への関心は消えず、その後もずっと色々な思いを込めて海をみつめ生きてきた。
図書館の文庫本コーナーでこの本のタイトル『海の日本史』を目にしてすぐ読みたいと思った。
「「海国日本」といわれながら、海へ関心を抱いている人はあまり多くない」と著者はあとがきで書いているが、私も同感だ。
中学校の歴史の時間、林子平の『海国兵談』の言葉「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」を聞いて、私は何かビビーーーッと強い電気ショックのような衝撃を受けたのを覚えている。
歴史の授業でその意義など教えながらも、21世紀になった現在でもその意義を重く受け止める日本人は少ないのではなかろうか。多くの日本人が衝撃を受けていたなら、日本はもっと国際化し明治時代以降もっと海洋国家になっても不思議はなかったと思う。
日本にはまるで武士と農民しかいなかったかのような偏りの多い従来の日本史に対して、現実には海で暮らす漁師もいたし、廻船業などに従事する船乗り、また場合によっては海賊など、多くの海で生きるものたちが居た。
考えようによっては、海は田畑の収穫以上に豊かな恵みをもたらす場で、古くから多くの日本人が海を相手に生きてきた訳である。
「近年になって歴史の見直しが進み、歴史学者の中には、海から歴史をみることの重要性を指摘する人が増えてきた」と書いてあるが当然の事である。
この本では、まだ文字も生まれるずっと前の7,8千年前の縄文時代から、明治時代頃までの日本を、海との関わりから、当時の生活を偲ばせる遺物や記録、エピソード、海に関わる歴史的事件など様々な事柄を紹介し、日本人と海の関係を見ていこうという本である。
とは言っても、歴史家が書いた本とは違い、新たな視点による学術的な成果を示そうなどといった学者的鼻息の荒さや固苦しさはなく、平易に楽しく読める本となっている。
興味をもった方は、この本を振り出しにして、さらに色々読んでいけばいいと思う。
今回は本書の内容自体にはあまり触れなかったが、内容がとにかく多方面に亘り書かれているので、やめにした。ご了承願いたい。
私は、海(の外)への視点が、外向的(さらには→外交的)なものの考えの基点であり、人間の活動を大きくする契機だと昔から思っている。
それだけにこの本は、長期にわたる経済不況で閉塞感を抱き、内向きになりがちな日本人に、あらためて海に目を向けてもらう契機にしてもらうためにも薦めたい一冊です。

『NHKスペシャル 灼熱アジア』(NHKスペシャル取材班・講談社)を読了した
<百字紹介文>
2010年8月から10月、NHKスペシャル「灼熱アジア」として放送された内容を、取材班が本にまとめたもの。生き残りをかけて「脱日入亜」さえ辞さず勃興するアジア市場に挑む日本企業の姿などを生々しく描く。
<詳しい紹介文>
4,5年前からテレビを1日せいぜい1時間しか観なくなった。
この番組も実のところ、全然観ていない。
そうは言っても、この情報化時代、世界情勢や日々起こる重大ニュースに関心を抱かないと時代遅れになるという危惧は私も強い。
特にアジアの爆発的な経済的発展には、瞠目すべきものを感じ、本屋などでもそういう記事が載った雑誌など見ると必ず立ち読みするようにしている。
今回、この本を図書館で見つけ、迷わず借りてきた。
昨年4月のまだ東日本大震災の援助活動と寸断された道路などのインフラの復旧がまさに昼夜を問わず行われていた頃に発刊された本である。
刊行されて1年近く経つが、日本経済が大きく揺らぎつつある事態や、そのため日本の窮地を脱するためにアジアの勃興に頼らざるを得ない状況はその後増しこそすれ、逆行・減速することはなかった。
その意味でこの本の内容は、その対応を逃げて避ける事の出来ない日本の喫緊の課題となっている。
目次を参考に転記する。
プロローグ 「灼熱アジア」の時代への確信
第1章 タイ 脱日入亜 日本企業の試練
第2章 中東 砂漠の富の争奪戦
第3章 インドネシア 巨大イスラーム市場を狙え
第4章 日韓中 緑色戦争
エピローグ ディック・リーはどこにいったのだろうか
まず第1章「タイ 脱日入亜 日本企業の試練」だが
明治時代、西欧列強に対抗するため叫ばれた「脱亜入欧」。ある意味最近まで約1世紀半このスローガンで突っ走って来たのが日本ではなかろうか。
それが今では国内雇用さえ省みる余裕はなく、生き残りを賭けた企業は「脱日入亜」を合言葉に、どんどんアジアへ出ていかざるを得ないと言う。
タイを中心としたASEANは、関税障壁をほぼ撤廃し、また中国やインドなどといった国ともFTAなど2国間の貿易協定を結び、圏内の経済はものすごい活況を呈しているという。
リーマンショック後、少し低迷を見せた時期もあったが、現地で取材したNHKスペシャルのスタッフの感想では、実物経済に根差すこの地域(東南アジア)こそ世界の中心の様な感じさえするような事を述べている。読んでいても凄い熱気を感じてしまった。
タイ企業に買収された日本の世界的金型メーカーの技術者が、かつての指導的地位のような誇りを捨て、 「技術は盗みみて覚えろ」など日本的指導方法ではなく、タイ人の要望に応え懇切丁寧に教える取り組みをを行う姿が、個人としても生き残る努力をしないといけない厳しい時代であるということを切実に物語っているように思われた。
第2章 中東 砂漠の富の争奪戦
最近、アラブの春など紛争の絶えない地域である。が、やはり石油収入による富は侮りがたい。豊富にある石油資源に安住せず、クリーン・エネルギーの盟主になろう、あるいはこの先も長く繁栄しようと、その石油で得た資本を果断に投資していく姿には、日本のビジネスマンのように内向き・陰りなど微塵も無く、エネルギッシュなものを感じた。
第3章 インドネシア 巨大イスラーム市場を狙え
インドネシアは、日本の戦争被害を受けたにもかかわらず(タイと同様)親日的な国で付き合いが深い国だ。最近まで近代的な金融機関の普及が極めて遅れていたという。逆にそれが幸いして97年のアジア通貨危機では被害も少なかったそうだ。
今2億3千万人以上の人口を要するこの国は、日本をはじめとした海外企業の進出も進み、タイ同様活気を呈しているようだ。
イスラム教は、汗もかかず収益をあげる不労所得(例えば金利をとる事)も戒めているが、それも少しづつ変わりつつあるようだ。
ヤマハのバイク販売を融資面から後押しするBAF、インドネシアみずほの産業調査部の面々など、現地の人に積極的に溶け込み活動する日本のビジネスマンの姿が、印象的だった。
第4章 日韓中 緑色戦争
緑色戦争とは、産業廃棄物の処理など環境産業の競争の事をさす。現在、中国は経済活況を呈しているが、中国共産党一党独裁のもと、近年まで環境を無視して成長を続けてきた。
しかし世界一の環境汚染の状況は放置することが出来ないほど進捗。中国政府は2006年から環境汚染を克服する方向に大きく政治の舵をきった。
現在では中国の環境市場を制する者が世界を制すると言われ、苛烈な市場競争が行われることになった。
中国はこの際、世界から最先端の環境技術を呼び込む事で世界最高の環境技術国になろうという野望もある。
この章では、中国側の環境設備に対する値下げ要求や、2国語で書かれた契約書さえも自分らに都合の良いように書き変えてしまうような中国のやり方にも異議を唱えずグッと堪(こら)え、中国の商習慣渦巻く中へ飛び込み、ビジネスチャンスを得ようとする韓国人や日本人の姿が印象的だった。
また韓国企業が、進出地(中国など外国)の需要、ニーズに合わせて積極的に新たな提案を打ち出してビジネスをものにしていく逞しさ。昔の日本の商社やメーカーにもあったと思うのだが、その柔軟性・現場重視を失った日本企業は、復活しようと思うなら、新しい時代に目覚め自ら変わらざるを得ない気がした。
お薦めの一冊です。

『感染症 広がりと防ぎ方』(井上栄著・中公新書)を読了した
<百字紹介文>
感染症の予防に長年携わってきた著者が、多々ある感染症毎の広がり方の特徴とそれに基づく予防法を紹介する。時代とともに変遷した伝染様式を説明し、感染症の対策には病原体伝播経路を知る事が何よりも必須と説く。
<詳しい紹介文>
感染症に関しては、非常に興味がある。
このブログでも、インフルエンザなどウイルスや、細菌に関する本、感染症に関する本などを色々紹介している。
この本は、感染症の予防に長年たずさわってきた著者が、感染症ごとの広がり方の特徴とそれにもとずく防ぎ方を紹介した本だ。
「人間の文化は歴史をもつことにより、行動・生活様式を少しずつ変えてきた。病原体の伝染様式も時代とともに変化してきたのだ。
感染症の対策には、病原体伝播経路を知っておかなければならない。それが分っていれば、病原体が見えなくても的確な対策ができる。」
上記のような趣旨から、種々ある感染症の発症症状や伝播経路の特徴なども述べるが、私が面白いと思ったのは、文化の違いなどから伝染しにくい理由なども述べている点だ。
例えば日本語の特徴として、無気音が多く、英語や中国語など有気音の多い外国語などと比べると、感染者の咳によって撒かれる飛沫感染などが少ないなどという説の紹介である。
これ以外にも、日本人の風呂好きや手を洗うという清潔好きの文化、箸を使う文化、握手ではなくお辞儀の文化、さらには避妊のためのコンドームを使う文化(他国はピルを使う方が多いという)など、特に感染症対策を意識している訳ではないが、文化となってしまった無意識の行動が危険な感染症から日本人を守ってきたことなどを説明する。
よって著者は、この意識されていない日本人の文化の欠点と利点を意識に乗せておく必要があるという。というのはその利点を意識しておこないと、安易に捨て去り、あとになって気付いて後悔しても遅いという結果になりかねないからだという。
巻末の第6章「エイズ・性感染症」では、アメリカなどが薬剤メーカーの後押しで、避妊などにはコンドームよりピルの方が効果あるなどというキャンペーンを張っているらしい。
コンドームが避妊のためにこれほど普及しているのは日本だけとのこととか。著者はコンドームが避妊に対する効果のみならず感染症予防にも非常に有効だと考えており(エイズの性接触による感染率が日本では非常に低い)、性接触の低年齢化が進んだ日本ではコンドームの普及を青少年らに早くから教える必用があることを説いたりもしている。
他にも興味深い指摘が幾つもあった。
例えば「ウイルスを保有している動物は病気にならない。」という。
ウイルスは保持していても発症しない場合が多い。「そのメカニズムはよくわかっていなのだが、長い進化の過程でその動物とウイルスが共生関係になったのだろう。そして、そのウイルスは、自然宿主であるその野生動物を他の動物から守る役を果たしている、という説がある。その動物の生息域へ進入しようとする他の動物を病気にさせて自分たちを守る、との考えである。」
非常に面白い考えだと思う!
また清潔にするのもいいが、清潔すぎる環境を作り出し、アレルギーを頻繁に引起す状況を考えると、強毒性のウイルスは撃退する対策を打っても、弱毒性のウイルスには免疫力を持続するためにも逆にあえて保持する事も考えていいのではという考えなども同感した。
他には、この著者の感染症の予防法でお薦めしているマスクの使い方にも賛同したい。
マスクをインフルエンザウイルスの伝播の予防に使うのなら、非感染者が使うより、感染者自身が使う方がいいという考え方だ。これにより咳によるウイルスを含んだ飛沫の拡散を格段に落すことができるという。
言われてみればナルホドと頷かざるを得ない。
この本は2006年の末に発刊された本だが、この考えは今でもあまり普及していないのだろうか?もしまだこの考えが普及していなければ、どんどん皆にも教えたいと思う。
この本は、感染症の広がりとその予防法を多数紹介しているが、勿論同時にその感染症を引起す病気(病原体)自体の説明やその症状なども紹介されている。その辺りも紹介したいところだが、感染症の種類が多すぎるので今回はやめておいた。
感染症を引起す病原体も、細菌やウイルスだけでなく、近年ではBSEのように異常プリオンというタンパク質まで加えられている。それらが環境の変化に対応してまた新たな感染症を生み出していく状況は、今後も永久に続くのであろう。
感染症の被害をできるだけ少なくするためにも、相手を知り普段から予防対応を文化のように習慣化させることが重要な気がした。
お薦めの一冊です。

『養老孟司・学問の格闘-「人間」をめぐる14人の俊英との論戦』(日経サイエンス)を読了した
<百字紹介文>
解剖学者・養老孟司氏が「日経サイエンス」の記事(1997~99年)のため、日本の現場で活躍する14人の科学研究者と対談した内容を収録。必ずしも自然科学者だけではなく、考古学、古人類学などの学者も対談。
<詳しい紹介文>
タイトルの通り、解剖学者・養老孟司氏が日本の現場で活躍する14人の科学研究者と対談した内容を収めたものだ。ただしここでいう科学者の「科学」は必ずしも自然科学とは限らない。また「論戦」とあるが、熱くなるほどの激論もない。
もともとは『日経サイエンス』に載せる記事として1997年から1999年にかけて行われた対談で、その中から抜粋したもののようだ。
前世紀までのものだから、少し内容的には古いかもしれないが、専門家ではない私には特に問題は無い。
こういう本の紹介は、内容が多分野に亘るだけにちょっと紹介し辛い。
今日2つめの記事でもあるので、ちっと手抜きだが、目次を列記し、対談相手の専門など書き添えて、内容紹介とかえたい。あしからず。
プロローグ
ラウンド1 人間へのはるかな旅
1-謎に満ちたネアンデルタール人
(対談相手)奈良貴史:専門は古人類学で、ネアンデルタール人類の誕生と消滅に興味をもつ一方、旧石器時代人骨の日本での発掘を目指して発掘調査を行っている。
2-神殿から生まれた古代アンデス文明
(対談相手)関雄二:専門は中南米考古学。文化人類学で、アンデス文明の形成過程などを研究。
3-言語に残された過去の文化
(対談相手)井上京子:言語人類学、認知人類学で、言語表現に見る人間の認知方法のカテゴリー化とその普遍性・相対性について研究。
4-遺伝と環境が生む人間の能力
(対談相手)安藤寿康:専門は教育心理学・行動遺伝学。各人の素質にあった教育法を考える基礎として、素質と環境が個人に及ぼす影響の差を双子で研究。
ラウンド2
5-脳と精神活動
(対談者)百瀬敏光:専門は神経科学、放射線医学
6-視覚はどう成り立っているか
(対談相手)田中啓治:専門は脳科学。一貫して大脳連合野における情報処理過程の研究に取り組んできた。
7-聴覚と言葉の起源
(対談相手)森浩一:神経行動学、音声・言語医学、聴覚医学、耳鼻咽喉科学、神経科学。聴覚の脳機構を探るとともに音声や言語、聴覚障害のある患者の診療をしている。
ラウンド3
8-嗅覚の原理を求めて
(対談相手)木村哲也:三洋電機筑波研究所主任研究員。大学時代に取組んでいた比較生理学などを背景に、以来ずっと神経系を研究。現在はナメクジの情報処理系について研究。
9-細胞の「死」から生命を問い直す
(対談相手)田沼靖一:専門は生化学、分子細胞生物学で、とくに細胞の生と死を決定する分子メカニズムを研究。
10-「ことば」誕生の意味
(対談相手)正高信男:専門は比較行動学。ゼロ歳児がことばを話しだすまでにヒトの本能と学習がどう関わるかを研究。
11-自我と意識に関する脳機能
(対談相手)澤口俊之:専門は認知神経科学、霊長類学、脳進化学。特に思考や意思決定など自我の働きに注目して、脳内メカニズムを研究。
ラウンド4
12-記憶の確かさと不確かさ
(対談相手)仲 真紀子:専門は認知心理学、発達心理学。
13-傷つきやすい人間の心
(対談相手)崎尾英子:専門は精神医学で、特に心的外傷の仕組みの解明と治療を薦めている。
14-人はなぜ超常現象を信じるのか
(対談相手)菊池聡:専門は認知心理学。一方、情報社会におけるさまざまな文化現象(たとえば超常現象)を、情報と心理学の観点から探る。
エピローグ
※上にあげた対談相手の専門分野や研究内容は、勿論この本が発刊された頃のものである。

『仕組まれた円高』(ベンジャミン・フルフォード著:青春出版社)を読了した
<百字紹介文>
表題の「仕組まれた円高」は、内容の一部に過ぎない。この書は著者が著者が存在すると指摘するサバタイ派なる闇の支配者集団の悪事の陰謀告発書だ。荒唐無稽な話も多いが、もしかして本当?という話も多く面白い!
<詳しい紹介文>
フリーランスジャーナリストであり、かつノンフィクション作家を自称するベンジャミン・フルフォード氏の本だ。以前同じ青春出版社から出ている『騙されるニッポン』を読んでいるから、これで確か2冊目。
ノンフィクション作家というが、書いている内容は、信じてしまうと驚愕せずにはおれないような話ばかり、つまり眉唾ものである。
真実であると読者に訴えるために、真実もある程度散りばめられているとは思う。
が、もしあなたが他人にこの本を薦めるなら、自分なりに調べて裏を取ったり、面白いが内容の信憑性は疑わしいから批判的に読めなどとコトワリを言うなどしてからにした方がいい。
でないとおそらくあなたは、自身の信用性が疑われるであろう。
ではなぜ私がそんな人物の本を読んだのか。表紙などの要約文などを見て、前回よりちょっとマシかな、と思ったのである。
この著者の作品は、眉唾ものの記事は多く、荒唐無稽だがそれだけにかえって面白いのである。
また全面的に否定しうる根拠もこちらには持っていないだけに、マスコミから流されるニュースを鵜呑みせず、批判的に視る態度をとれるようになるだけでも有益かもしれない。
表紙の中綴じ込み部分に書いてあった本文要約文を転記する。
「政府・日銀によるドル買い・円売り介入は、直接アメリカの借金を肩代わりする売国行為にほかならない。
10兆円の介入ならその分国の借金が増え、しかも介入の効果は短い。円高に戻ると為替介入でつぎ込んだお金は為替差損が生じ、国民負担になる。
そこまで分っていながら、国際的信用を失ったドルを押し付けられているのだ。日本政府が買い込んだ米国債はサバタイ派の資金源であるドル石油体制の維持に貢献する。」
サバタイ派以外は大体分る内容だ。著者によると、見た目全く違いが分からないドルには、市場に流通しているものに2種類あるという。「国際通貨に流通しているドル」と「アメリカ国内でしか役立たないドル」。どこが違うかというと、通貨番号に符牒が施され、その暗号によって分けられるという。(ここまで読んでもよくわからないが)
現在、FRBが刷っている「アメリカ国内でしか流通しないドル」は、中国など新興国から、現実の裏づけのないドルとして拒否され、ドルは近年国際通貨としての価値を急激に落し始めているという。
アメリカに従属する日本は、この本のタイトルにもあるように仕組まれた円高を防ぐためそのドルを一生懸命買い支えているという。
この本で興味深い事を知った。
私は大学時代日銀調査局出身の先生の下でマネーフローの理論を学んだから、日銀が民間銀行と同様に上場しているのは知っていた。
だが日銀の株主のうち、個人株主が誰かなどは知らなかった。
この本によると、株主構成は、政府出資金55%、個人39%、金融機関2.5%、公共団体など0.33%、証券会社0.1%、その他法人2.6%。
日本の商法では、企業が発行する株式のうち1/3超の33.4%を持つと、株式総会で重要事項の決議を単独で否決することが可能になる「拒否権」が手に入る。
日銀の個人株主39%が誰かはいまだに秘匿されているそうだが、この著者の調査ではロックフェラー家当主デヴィッド・ロックフェラーやロスチャイルド家の大物ステファン・デ・ロスチャイルドだという。
私は以前から円高になるのなら金融緩和策の1つとして、円をもっと大量に刷って市場に出せばいいじゃないかと思っていた。実はそれをさせないのが、この日銀の政策に拒否権を持つ株主らだというのだ。
このロックフェラー家やロスチャイルド家というのは、著者によると、17世紀にはじまる闇の支配者の一派閥の一員であり、現在では欧米の石油資本や金融資本家におおく含まれるらしい。
最初にこの本の内容は眉唾ものといったが、なるほどと思わせる意見も多々ある。
この著者と私が同意見なものには、アメリカのTPPの(一番の)狙いが、日本が騒ぐ農業などではなく、日本の貯蓄(個人資産など)や保険制度、知的財産権という事であろう。参加を決めた途端、アメリカとFTAを結んだ韓国以上に痛い目に遭うのは目に見えるように想像できる。
この著者は、かなり昔の事件から最近の主な国際的事件まで、具体的にはリーマンショック、TPP、ユーロ危機、世界金融危機、アラブの春・・・・・etc、及び現在、第三次世界大戦の可能性まで囁かれているイランやシリアの動向まで、全てにサバタイ派が絡んでいると指摘する。
よくもまあ証拠も大してあげずこれだけ荒唐無稽なことを言えるなあと驚くばかり。
最後に表題の「仕組まれた円高」は、ここまで書けばわかるように、著者が主張するサバタイ派の人間による悪事の1つに過ぎない。
要するにこの本は、著者が存在すると指摘するサバタイ派なる闇の支配者集団の悪事の陰謀告発書ということだ。
こういう話に興味のある人は、読んでみるがいい。

『しがみつかない生き方-「ふつうの幸せ」を手に入れる10のルール』(香山リカ著・幻冬舎新書)を読了した
<百字紹介文>
高望みせず、ごく当たり前の幸せを望んでもそんな望みさえ叶えられない現代。少しでも普通の幸せに近づくために、どうすればいいか。精神科医の著者が豊富な臨床経験を活かし、10のルールに纏めたのが本書である。
<詳しい紹介文>
香山リカさんの本は、今回初めて読む。
私が強く「幸せをつかみたい」から読んだ訳ではない。テレビのコメンテーターなどでよく見かける香山はどんな内容の本を書いているのだろうと思い、一度本を読んでみようと思っただけ。
内容だが、まずは概略説明。
現代は、高望みせずごく当たり前の幸せを望んでも、戦時下でもないのに場合によってはそんな望みさえ叶えられない時代である。少しでも普通の幸せに近づくために、どうすればいいか。精神科医の著者が豊富な臨床経験を活かし、10のルールにまとめたものを綴ったのが本書である。
目次の大見出しを参考のためピックアップする
序章「ほしいのは「ふつうの幸せ」」
第1章「恋愛にすべてを捧げない」
第2章「自慢・自己PRをしない」
第3章「すぐに白黒をつけない」
第4章「老・病・死で落ち込まない」
第5章「すぐに水に流さない」
第6章「仕事に夢をもとめない」
第7章「子どもにしがみつかない」
第8章「お金にしがみつかない」
第9章「生まれた意味を問わない」
第10章「<勝間和代>を目指さない」
大体納得できる内容であったが、香山さんが女性なのと、随分私と生活環境が違うのか、イマイチ、言っている内容に現実さが感じられぬ箇所もあった。
本人は時代の雰囲気を反映した納得のいく説明をしているつもりの箇所でも、私からすると自分の経験・感覚とはかなりズレていた。
香山さん本人、色々なことに「しがみつかない」生き方、〝勝ち組〝〝負け組〟競争社会などに拘らぬ生き方を提唱していながらも、著者自身それらを強く意識しているように思えたのは私だけだろうか(著者が精神科医のせい?)。
著者が挙げる普通の幸せがつかめない2例、「飽くなき成功、成長願望」のために満たされない人も、また、とりあえず普通の幸せは手に入れているのに「これがいつまで続くのか」「これで満足して良いのか」と考えているうちに幸せが感じられなくなる人も、どちらも私にはまだまだ甘い環境にいる人間としか思えなかった。
現代においてはもっと辛い生活を、高望みも贅沢なども一切せずに(向上の努力も日々重ねながら)じっと耐えている人がいることなど、所詮都会の人などには分からないのだろう。
勿論、この本では鋭い指摘や、いい事を言っている箇所も多々ある。
今まで少しキツイことを書いた。別に彼女やこの本が気に食わぬ訳ではない。少なくとも勝間和代や彼女の本より良い。
以下、気に入った箇所の文章を少し抜き書きして内容の紹介にかえたい。
「誰もが「私ってすごい」と自分に暗示をかけ、「絶対ナンバーワンに」と我先に打って出るのは、「人の道にはずれている」など道徳的に正しくないばかりではない。どうやら、経済的、経営的な観点から見ても、これが企業や社会を成長させるものではないらしい、ということが分かりつつある。「情けは人のためならず」。こんな言い古されたことわざの意味と重みを、もう一度考える時が来たのではないだろうか。」
「まあ、いまのところはそう思っているのだけれど、もうちょっと様子をみてみないと何とも言えないね」と言ったあいまいさを認めるゆとりが、社会にも人々にも必要なのではないだかろうか。そしてこの「あいまいなまま様子を見る」という姿勢はまた、自分と違う考え方、生き方をしている人を排除せずに受け入れるゆとりにも、どこかでつながるものだと思われる。」
「私たちはまだ「お金にしがみすぎる生き方や社会は、本当の意味では人間を幸せにしないのではないか」という問題を真剣に考えていない。・・・・(中略)・・・百年に一度の経済危機こそ、大きく飛躍するチャンス、という言い方をする人もいるが、もしチャンスだとしたら、それは経済的飛躍をしたり資産を増やしたりするチャンスではなくて、「お金がいちばん大切」という人の心や社会の芯までしみついた考え方を見直すチャンスではなかろうか。」
「「なぜ生まれたか」などという問いにはあまり深く立ち入らないほうが身のためだ・・・・(中略)・・・生まれた意味にこだわりすぎると、逆に、人生の空しさを強く感じさせる事にもなりかねない。・・・・(中略)・・・・
とりあえず自分に与えられている仕事、役割、人間関係に力を注ぎ、何かがうまくいったら喜んだり得意に思ったりすればよいし、そうでない時には悲しんだり、傷ついたり、また気持ちを取り直して歩きだしたりする。そんな一喜一憂を積み重ねながら、どこから来たのか、どこに向かっているのかもわからないまま、人生の道を歩いていくその足取りの中で、しみじみと味わいが得られるのではないか、と私は考える。
以上、抜き書き終り。
お薦めの一冊です。

『田中ひろみの神社に行こう!~イチからわかる参拝案内~』(田中ひろみ著・講談社)を読了した
<百字紹介文>
イラストレーター&文筆家で奈良市観光大使でもある田中ひろみさんのイラストたっぷりな日本一分かり易い神社入門書。知っているようで知らない神道の作法や、神主や巫女の仕事など著者の体験などを基に易しく紹介。
<詳しい紹介文>
イラストレーター&文筆家で奈良市観光大使でもあるという田中ひろみさんの、イラストたっぷりに日本一分かり易い神社入門書。
寺や神社のことは知っているようで、意外と知らないというのが実際ではなかろうか。
私も仏教は勿論、私の宗旨の浄土真宗の事も未だによくわからないし、神道のこととなるとさらにヒドイ。旅行などで色んな神社でお参りしている割には、参拝の仕方もよく知らない。
先日図書館へ行ったら、この本を新刊書のコーナーで見つけた。手に取り開いてみて、これはいいと思い借りてきた。
超初心者向けの入門書であるが、まずはここに書かれたことを暗記するくらいに覚えようと思っている。
私が神道について、いかに知らなかったかというと、ニ礼二拍手一礼や手水(ちょうず)の作法でさえよく知らなかった。現場で何度か教えてもらった記憶はあるが忘れていた。
他にも、鳥居の下を通る時は、まん中(「正中(せいちゅう)」といい神様が通るところ)を避け、参拝客は両端を通るのが作法とか。また神社での歩き方も、神様がいらっしゃるところでは、神から遠いところの足を出すとか、神殿の正面を通る時は腰を屈(かが)めて通りすぎるとか・・・色々ある。
また行儀作法でなく、神職の職階もよく知らなかった。宮司、権宮司、禰宜、権禰宜、出仕となるそうだ。この場合の「権」は「仮」という意味らしい。
日本人ならこんな事、本来当たり前のように知っていなくてはいけないことだろうが、残念ながら50近くになって私は初めて知った。
興味深いところでは、社殿のつくりや鳥居の種類。燈籠や(神主や巫女さんなどの)装束、種々の神具などのイラストによる説明も興味深かったので、(図書館の本でもあり、返却する必要があるので)コピーをとった。
本当に分かり易い。たまにこういう楽しくて疲れない本もいいものだ。
お薦めの一冊です。


能登をこよなく愛する好奇心旺盛な40代後半のブルーカラーの源さんです。趣味の1つ読書(本の紹介・書評中心)のブログです。年間150冊前後読みます。2005年からこのブログを始め、既に1千冊以上を紹介しています。
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