著者はこの本を出版した時点(平成20年7月)東大大学院医学系研究科博士課程に在籍中の研究者といえども、いわば学生だ。生物化学を社会にわかりやすく伝えたいという思いがあって、この本の出版以前にも『再生医療のしくみ』(共著、日本実業出版社)を出しているそうだ。
わかり易く伝えたいというだけあって、素人が混乱しそうな箇所は、専門用語など複雑なことを解説しようとするのではなく、バサッと簡易な説明で切り捨てている。素人でもちょっと知識が蓄積すると専門用語を使って気取ってみようかとしがちだが、この本はそういうところがない。
再生医療、ES細胞、ⅰPS細胞などいう内容はそんなに簡単な内容ではない。ⅰPS細胞とは、人工多能性幹細胞(induced Pluripotent Stem cell)の略で、ES細胞とは胚性幹細胞(Embryo Stem cell)の略である。と言ってもこの分野の本が初めての人は何の事だか尚更分からなくなるだろう。私は最近の分子生物学や生理学・医学など非常に興味があって、素人の割にはかなり色々突っ込んで読んでいるつもりだ。それでも再生医療は結構難しい。
2007年11月21日、京都大学再生医科学研究所の山中伸弥教授のⅰPS細胞の生成の成功の記事が日本中マスコミのみならず世界を駆け巡ったのは皆さんも覚えていることだろう。
その際「万能細胞」等という言葉が踊ったが、‘ES細胞を超える’とか‘クローン技術の問題点を克服した’など先走りした記事もあった記憶もあるが、かなり誤解が多かったように思う(もっとマスコミは科学・技術分野を幾つかに分け、担当者に勉強させるべきである。何も分かっていないくせに記事を書きすぎだ)。
私もそれほど詳しい訳ではない(でも馬鹿な記事を書くマスコミよりマシだ)。この本は、読もう読もうと思っていてなかなか読めなかったES細胞、ⅰPS細胞などの再生医療について非常にわかりやすく書かれた本として人気がある本だと聞いていたので、最近もらった図書券を利用して購入したものだ。
この著者は、再生医療の研究者だけにそれらの研究・開発で行われる遺伝子操作に関しては、かなり肯定的な考えだ。私も別に全面否定する訳ではないが、この本の著者自身が危惧して言うように、安全管理などには可能な限り慎重に、万全を規して研究を進めてもらいたいと考えている。
なぜなら再生医療の研究では、異種の動物間でウイルスなどをベクターとして利用し、特定の遺伝子を送り込むなどの遺伝子操作を行うから、その処置に万全を期さないと、異種の動物の病気が、人間に移るということも考えられる。もし実際におこったらいきなりヒト-ヒト感染に適した、ほとんどの人間が免疫をもっていないから、当分の間治療の施しようのないパンでミック(世界的大流行)が現れる可能性がある訳だ。場合によっては人類の生存が危機に瀕するかもしれない。
そういう意味では、胚細胞の胚盤胞の内部細胞核を取り出して培養したES細胞の方が、遺伝子操作をするとはいえ、ほとんどの場合同種の動物だから安全だともいえる。ⅰPS細胞の方が、成人細胞から作れて「万能細胞」になる可能性が将来大きいとはいえ、問題点は非常に多いと思う。
一般的には、ES細胞よりⅰPS細胞の方が、胚細胞の核を取り除くという作業は無く、倫理的には受け入れ易かったようだ(胚ということは受精した細胞ということだが、胚を除く作業は「生命の萌芽たる胚を破壊する」として倫理的に非難されてきた)。
私は以前からクローン技術によって動物を作ることを非難してきた。多くの細胞は細胞分裂の回数に限りがある。この本では分裂回数の限界として‘ヘイフリック限界’で説明しているが、別の本では最近よく遺伝子DNAの末端にあるテロメアによって説明される。
このテロメアは、細胞分裂の回数券のようなもので、これが使い尽くされると寿命ということになる。私はクローン羊ドリーなどクローン生物がほとんど短命だというのも当然だと思うのだ。クローン動物は、成人の体細胞から核を取り出しそれを核を取り除いた胚に移植して出来た動物だから、最初から回数券が相当減った状態で生れてくる訳だ。こんなの何故だと疑問に思う方がおかしいのだ。
話がアチコチへちょっと脱線し過ぎた。要は再生医療の研究は、医学の発展のために是非とも必要だが、ES細胞にしても、ⅰPS細胞にしても問題は非常に多く、慎重に慎重を規して欲しいということが言いたかった。
色々批評したがこの本は、学ぶということに関しては非常にいい本だと思う。一般人には複雑すぎるような所は、ばっさり斬っているが、原理的に大事だと思える箇所は、結構詳しく書かれていたりもする。具体的な箇所は字数がもう相当に至ったので述べない。近々再読してみたいと思う。
お薦めの一冊です。
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