『高杉晋作と奇兵隊』(田中彰著・岩波新書の江戸時代)を読了した |
タイトルに高杉晋作と入っているが、特に高杉晋作について詳しく記しているという訳ではない。
あとがきで著者自身が「本書の内容は「奇兵隊の明治維新」と名付けてもよい」と言っているように、序章でまず「奇兵隊にとって明治維新は何だったのか」を問う。そして幕末から明治30年代まで及ぶその歴史や系譜を辿りながら、同時に奇兵隊は世界史の中で色々登場してくる他の軍事力と比較すると、その成立の特質や性格は、他国のどの軍事力と似ているのか等を検討し、分類・位置づけ、歴史的意義を考究する。また奇兵隊を通して明治維新を見直すという試みも行っている。
またこの本の中では、奇兵隊は長州藩の中で結成された諸隊の代表名として語られており、長州藩の諸隊の中の奇兵隊のことばかり語られるのでもない(他の奇兵隊関連の本でも大体同じ様な方法を採っているが)。そういう意味では「奇兵隊を中心とした諸隊と明治維新」と名付けてもいいのかもしれない。
今回もまず帯紙の紹介文を引用する。
「開国か攘夷かをめぐって国中が沸きかえっていた文久三年、長州藩士高杉晋作の手で一つの奇妙な集団が組織された。その名は奇兵隊。農民や町人の志願兵をふくむこの軍隊は、その後続々と藩内に生まれた諸隊の中核として、幕末から明治にかけての激動のなかで、大きな歴史的役割を果していく。長州諸隊の活動を通して描かれた明治維新像。」
実は、私は幕末の人物の中では高杉晋作が一番好きである。司馬遼太郎によって実像以上に偉大な男として偶像化されてしまった坂本竜馬と較べれば、高杉晋作の方がよっぽど真実活躍した人物だと思うのだ。彼こそ幕末最高の革命児だと思う。別に坂本竜馬が嫌いな訳ではないが、私はそのような想いがあり、高杉晋作が好きなのである。
タイトルを見てこの本でも、かなり高杉晋作の業績を中心に述べられているのかと思った。しかし読んでみるとそれ程ではなかった。タイトルの「高杉晋作」の文字は、要は客寄せパンダ的に「高杉晋作」を冠したのだろう。高杉晋作も坂本竜馬ほどではないが、幕末の歴史的人物の中で人気者であるから。
高杉晋作は奇兵隊の開闢総督ではあるが、彼が奇兵隊のトップであった時期は実は極めて短い。隊士を指揮して戦った期間もそんなに長くない。勿論その程度の事実なら私も以前からよく知っている。
この本は歴史書であるので、奇兵隊の歴史における各人物の役割に公平なのか、本書における高杉晋作の登場回数は、そういう訳で余り多くない。
この本の主役は、高杉晋作ではなく、あくまで奇兵隊を構成した人物たちである。著者は奇兵隊の成立の背景には、天保大一揆があると考える。これは瀬戸内地方を中心とした防長大一揆で長州藩を大きく揺るがした。そんな階級矛盾を内包しながら、長州藩は幕末に尊皇攘夷の活動などで全国屈指の運動を展開させた訳だ。
著者は、この階級矛盾に根ざす反封建的エネルギーの前提を条件として奇兵隊は成立したと考える。「基本的矛盾に発するエネルギーが幕藩体制を根底から揺るがし、体制の崩壊を必然化させる過程において、外圧を契機とする民族的矛盾と結合・重層化する中で、新たな軍事力として作りだされるのである。その結節点に高杉は立っていた。だから高杉は、そうした時代の子であると同時に、その時代の矛盾を奇兵隊として結実させたのである。」
よって奇兵隊は、設立当初から矛盾を孕んでいた。奇兵隊はその結成綱領で「有志の者」による「力量」中心の隊であり、隊員の身分に関わらず「同様に相交」ることを明確にうたっている。このことは奇兵隊の水平軸と著者は考える。
一方この奇兵隊は、その財源も藩庫のみに頼れず白石正一郎など富商富農など資金の多くを頼って運営している軍事組織だ。そういう意味では、総奉行の指揮する家臣団の「正兵」に対する、まさに「奇兵」としての存在であり、伝統的桎梏を打破するゲリラ的軍事力であった。
しかし高杉自身が、自分は毛利家恩古臣で高杉家の嫡子という意識があり、さらには奇兵隊は藩主公認の軍事力という意識が強く、この点においては奇兵隊は伝統的・封建的・身分社会的な力の影響を受ける垂直軸としての性格をも設立当初から多分に内包していたことになる。
これが、奇兵隊(を中心とした諸隊)の結成→仏・英・蘭・米の四国連合艦隊との戦い→第一次征長→内乱→第二次征長→戊辰戦争→諸隊脱退・反乱(→竹橋事件)という歴史の中で、どのような変遷を遂げ、隊士らはどのような運命を辿ったのかを、この本は詳しく描いている。
歴史教科書では普通、奇兵隊はその革新的意義から華々しい記事が書かれるだけだろう。しかしこの本に書かれた明治維新後の上官の堕落や下級隊士の扱いは事実であり、いわば奇兵隊の影の部分を描いた歴史だ。奇兵隊の中に内在していた汚点は、主に高杉晋作の死後に大きく露出したとはいえ、彼に責任が無い訳ではない。
高杉晋作という私が好きな人物が作った組織だからといって、勝手な思い込み・事実の拒絶はやめ、歴史的事実は事実として真摯に受けとめたい。またさらに多方面から幕末史、奇兵隊の歴史を振り返ることにより、自分なりに史料批判を重ね歴史的考察をしたいとも考えている。そういう努力を積み重ねることにより、将来を展望できるような歴史眼を自分なりに持てるようになるのだと思う。
幕末史、高杉新作、奇兵隊などの興味のある人には必読の書である。
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