この小説は、『徒然草』の著者として有名な吉田兼好(卜部兼好または兼好法師)が、実は裏の顔を持っていたという設定。彼は、この世に下克上もたらす日陰一族の中心人物で、一族のものらに陰で指図を与え、この世を動かしていたという伝奇話である。
兼好は、卜部氏の末流出身だったが、堀川家の家司を務めた。社会的地位としてはそれほど高くないが、堀川家が天皇家(後二条天皇)の外戚となった事から、堀川家絶頂期の頃の家司だったといえる。当時は持妙院統と大覚寺統の二派で天皇を出す両党迭立の時代で、両派に関わるものは否応も無く政争に巻き込まれていた。
だが兼好は大覚寺統に肩入れするといった事もなく、外見的には、ただ寡黙に家司の役を務めているような生活を送っていた。そんな頃、自分に仕える下僕の丈坊が、無名法師という貧賤の民を集め、四諦教院を開く破壊坊主との縁を取り持つ。
無名法師は、人々に「下克上」に到来を説き、百戯の党、異装の党、陀羅尼一揆や四諦教院に集まる多くの人々を動かしていた。
兼好と無名の二人は、何度か会って話すうちに意気投合。彼らは、外に対してはその親交を一切隠すが、血の繋がりは無いが日影一族として、世の陰で暗躍し、この世に下克上をもたらしそれが千年も続く底流を創ることで盟約する。
ちょうどその頃、下層階級の文観(もんかん)が、徐々に僧侶として頭角を現してきた。彼は真言宗立川流を身につけ、ある時病臥に臥していた石の長者を診てその信頼を得る。石の長者は、石見で銀の鉱石が出る場所を発見し億万長者となった者だ。文観は石の長者を誑(たら)し込み、その富を自分の指示通り寄進させたりして栄達を図る。
無名や兼好は、文観とも交流し、自分らの企図(下克上の世を現出させる)とは違うが、文観の動きも利用できると思い、連携する。
文観は、天皇になるまえの後醍醐天皇、尊治皇子に接近し、淫祠邪教の一つであった真言宗立川流を教え、後醍醐はその教えに魅了され、幕府調伏の修法にのめり込む。
日影一族は、楠正成なども連携し、後醍醐天皇が二度目のクーデターの失敗後、楠正成は蜂起し、北条氏の滅亡まで頑張ることになる。・…
この小説が少し物足りないのは、兼好など主役達が、日影一族として陰の動きしかしないという設定上の制限もあるが、歴史上の大きな事件は、その影に日影一族のこういうような活動があったということを、ドラマ風でなく、解説風に述べていくところだ。もっと実際の活躍の舞台を、生き生きと描けなかったかなあと思う。
また多くのキャラクター、たとえば男女の川(みなのかわ)や日影一族の者を小説の中で活躍させるのかと思ったら、意外と出しっぱなしで、数回出てきたら後はあまり活躍の場がなく、ちょっとその辺も惜しいような気がした。
でも伝奇小説の巨匠といわれただけある。歴史を単に伝奇的につくり物語(フィクション)として描いているだけでなく、歴史のダイナミズムの核というか真髄のようなものを捕らえていて流石だなと感心させられた。
例えば持妙院統と大覚寺統の二派の勢力争いの真の原因は、複雑な皇位継承関係などではなく、天皇家の総領権だと指摘。総領権とは皇室の財産(主なものは長講堂領と呼ばれる全国に180ある大荘園所有権)と次期天皇に関する指名権のことだ。
また巻末で、無名と兼好が世を眺め語らう中で、下克上は日影一族が導いたというより、世の定めであり、このような動乱のもとは銭が作ったというような事を語らせている。
鋭い指摘だと思う。
兼好や無名らは、日影一族の盟約を立てた時、日影一族が作り出す力は千年先もの流れであり続けようといったことを述べているが、著者は、銭の世が続く限り、社会を大きく動かす力は銭であり続けると示唆しているのかもしれない。
最後に、またいつも使う手だが、Amazon.co.jpの本の紹介文を参考に下に転記する。
「『徒然草』の兼好法師には裏の顔があった! 皇位をめぐる争い、下克上を求め動めく民衆の異様な動きの影で兼好の画策する陰謀とは。伝奇小説の巨匠が大胆な推理を元に描く本当の太平記の世界。半村良幻の作品。初の単行本化! 」(内容紹介)
「兼好法師は歴史を影で操っていた?斬新な視点で描かれる新たな『太平記』の世界。伝奇小説の巨匠、幻の長篇、初の単行本化。」(「BOOK」データベースより)
半村良の幻の作品といわれる本の単行本化。半村良ファン必読の一冊です。
(この記事は七尾市立中央図書館(ミナクル3F)から借りてきた本を参考に書いています)
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