『心理療法個人授業』(先生=河合隼雄・生徒=南伸坊・新潮文庫)を読了した
このシリーズの他の3つ〔『生物学個人授業』(先生=岡田節人)、『免疫学個人授業』(先生=多田富雄)、『解剖学個人授業』(先生=養老孟司)〕は、かなり前に既に読んでいる。このシリーズは、毎回ある分野の大家のような存在の先生に、南伸坊さんを生徒役として個人授業をしてもらい、そのレポートと先生のコメントなどを併記し、本にしたものだ。
このシリーズ第4弾が出ていることを知らなかった。ブックオフでこの文庫判を見つけて、初めて知った。既刊全て読んでいることだし、今回も、今までの先生同様私がファンの先生である。私は今から30年程前よく心理学・精神分析学の本を読んでいた。河合氏はそういった関係の分野で好きな学者の一人だった。このブログでも、河合隼雄氏と小此木啓吾氏の対談集、『フロイトとユング』(思索社)なども紹介している。
先ほど「心理学・精神分析学」という書き方をしたが、実のところ、今まであまり区別が付いていなかった。この本の中にもよく似た言葉、心理療法、カウンセリング、精神医学など色々出てくるが、実のところ今でも明確には区別できない。それでもこの本を読んで少し区別がついた気がした。
精神分析とは、卑近な喩えで言うと「黒猫ヤマトの宅急便」のようなもの。人々は宅配便のことを宅急便と言ったりもするが、宅急便はヤマト運輸の商標で、日本で最初に宅配便を始めたヤマト運輸の宅配便のみ「宅急便」であるのと似ている。精神分析は、フロイトが始めた精神を分析する一派のみのものを「精神分析」というようだ。
自分の厳格な考えを守らせようとしたフロイトのもとから飛び出したユングやアドラー達は、例えばユングは分析心理学と名乗り、アドラーは個人心理学と名乗りそれぞれ別の派を形成したということである(勿論、他にも色々系統がある)。これ以上詳しく書かないが、他にも心理学、カウンセリング、心理療法などの違いを簡潔に説明してくれる。
心理療法とは本当に奥が深く大変な仕事である。その信頼関係から患者との間で転移・逆転移などという恋愛感情のようなものに発展することもある。これを聞いて美味しい話などと思うのは大甘。その関係は、注意を怠ると抜き差しならぬような危険な人間関係に陥ることもあり、殺人事件に発展することもある。
箱庭療法の箇所の話で、南氏が患者達の奇想天外な表現に思わず「芸術だったらむちゃくちゃアイデアもんだ」と発言すると、河合氏は「読者は誤解しないで欲しい」とコメント。
悩みの深い人は、表現せざるを得ないものを持っている。それが自然に出てくるから、迫力があるのも当然だ。アイデアがあって発言されるのではない。本人もわけのわからないXが、箱庭の中で姿を表してくる。そのような創作活動によって自ら癒される。「箱庭」はそのような自己治癒の作用の働く場なのだ、ト。
河合氏は「人生の処方箋、生きるとは自分の物語を作ること!」という文章をある本のコピにもしているようだが、「そもそも心理療法とは、来談された人が、自分にふさわしい物語を作り上げていくのを援助する仕事だ、というような言い方も可能のように思えてくる」という。
「例えば、ノイローゼの症状に悩んでいる人にとって、その症状は自分の物語に組み込めないものと言っていいのではなかろうか。例えば不安神経症の人は、その不安が、なぜどこから来るのか分からない故に悩んでいる。その不安を自分の物語の中にいれて、納得がいくように語ることができない。そこでそれを可能にするためには、色々な事を調べねばならない。自分の過去や現在の状況、これまで意識することのなかった心の働き、それらを調べているうちに、新しい発見があり、新しい視点が獲得される。その上で、全体をなるほどと見渡すことができ、自分の人生を『物語る』ことが可能となる。そのときには、症状は消え去っているはずである」。
『物語』は、人間統合の維持のために、役割を果たしている。誰しもそのような『物語』を持っているはずである。その事を意識せずにいる人もいるが。
「人間は自分の経験したことを、自分のものにする、あるいは自分の心に収めるには、その経験を自分の世界観や人生観の中に上手く組み込む必要がある。その作業、すなわち、その経験を自分の納得のゆく物語にすること、そこに筋道を見出すことになる。」
南氏は単に講義を受けてテープ起こしをした内容から学んだという訳ではない。この本を読んでみると、河合氏の本を多数参考にしてレポートを書いているようだ。単に要約して示すというレポートでなく、一旦自分の事どもに照らし合わせて、河合氏の文章を捕え直して自分なりに解釈し、正直に書いている。それだから時に誤解などもあり、その際は、河合氏がコメントを加え訂正している。
南氏が、誰にでもわかるように上手くまとめ、スラスラ読めるように纏まっている本だが、あちらこちらに河合氏の含蓄のある言葉も多数散り嵌められている。
箱庭療法のほかにも、ロールシャッハーテストなど面白い話も出てくる。
深層心理学では、主体性と統合性を備えた個人の意識の体系を「自己」と呼ぶが、この自己が脅かされると、人々は心理療法家のところにやってくることになる。先ほど出て来た箱庭療法などで安直に患者を癒せばいいかというと、そう簡単なものでもなく逆に危険らしい。「人間の自我はそれなりに何とか安定を保っているのに、(箱庭療法などで)わざわざイメージに注目するというのは地獄で釜の蓋を開けるようなものだ」(( )内の言葉は私が追加)と河合氏は言う。
とにかく精神的に相当シンドイ仕事のようだ。本で多少心理療法を学んだとて、とても私などに出来る仕事ではない。
それでもいい勉強になったと思う。心理療法を知りたいと思う方には、非常にとっつき易い、良い入門書だと思う。お薦めの一冊です。
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