義経 (新潮文庫 み 11-17)
宮尾 登美子 / / 新潮社
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先月
『義経伝説を訪ねて』(円山義一著)という本の紹介をしたが、今回は源義経の生涯を描いた本を紹介する。
宮尾さんの本を読むのは、おそらくこれが初めてです。この本は平成17年のNHK大河ドラマ『義経』の原作となった本です。といっても私は、あのドラマは一回も観ていない。ここ10年ほどどうもあのNHK大河は全然見るきにならないのだ。まあそういう事は個人的な事だからどうでもいいので、ここまでにしておきます。
また今日紹介する本は『義経』であり、彼のエピソードは皆さんかなりご存知なので、は今回は粗筋は述べません。
この本は読んでみて小説というより、宮尾さんが語る義経伝という感じでした。ボリュームも271頁と意外と薄い。だから内容は、義経の主なエピソードを語っている程度で、小説でないとは言っても、それほど詳しくありません。司馬遼太郎さんの『義経』などと比べても内容的に少ないように思います。
NHK大河ではおそらく彼女の『宮尾本 平家物語』の内容も相当取り入れているのでしょう。そうでないと幾ら脚本の形にして膨らますといっても、約50回に亘って放送する脚本の原作としては、とても薄すぎます。NHKの大河ドラマでよく使う手です。
この本は、宮尾さんの語りの形で綴られているので、ある事件に関し、こういう説もあれば、こういう説もあるが、おそらくこういう理由によるではないでしょうか、と1つの説に拘らずに書いてあります。その推測もいかにも女性らしい視点からのものです。
父親の面影の記憶が全く無い義経、母親とも幼少時に別れて鞍馬山に入らねばならなかった義経、宮尾さんはそんな彼を思いやって、彼が、平清盛や、藤原秀衡、頼朝らに父親像を重ねようとした心理などを推測し代弁したりしてみせます。
また女性だけに、義経をとりまく女性たち及び平家物語で登場する女性の描写も、少ないボリュームの本ながら、かなりピックアップして書いています。義経の母の常盤御前、静御前、河越重頼の娘・良子(ながこ)、巴御前、義経と腹違いの妹で清盛の娘・廊御方(ろうのおんかた)など、それぞれの女性の生きる姿を温かい眼で見て描いています。
彼女自身「あれこれ調べてみたのですが、男の書いた日本の古い書物は女性にひどく冷淡で、名も年齢もつかむことができず…」と嘆いており、歴史小説では、できるだけ女性の役割も書きたいのでしょう。
私としては、中国の歴史などと比べると、日本の歴史はかなり女々しくて女性に関する記述が非常に多いように思うのですが、女性としては、まだまだ物足りないのでしょう。
勿論、義経や女性達の描写以外も鋭い点が多いと思います。例えば頼朝の性格なども、それほど詳細に書いている訳ではないけれどかなり上手く描ききっていると思います。頼朝は、どんな本で読んでもプライドが高い上に猜疑心が強く嫌な奴だという気がしますが、宮尾さんは、それが公家であった彼の母親の影響があるようなことが書かれているくだりを読み、なるほどなという気がしました。
私観ですが、義経という人間に対しては必ずしも一般的な評価を全面的に受け入れる訳ではありません。例えば義経のために印象を薄められた源範頼の功等ももっと評価すべきだという考えも持っています。しかしやはり戦術的には天才的な面があったと思います。それだからこそ、日露戦争当時、海軍の秋山真之が彼の戦術を研究し高く評価したのでしょう。義経は日本という国があるかぎり永遠のヒーローであり続けると思います。
ボリューム的にはやや薄い本ですが、義経の生涯のあらましを知るにはちょうどいい位ではないでしょうか。いわば「義経入門書」としてベストです。
皆様にお薦めしたい一冊です。
最後に参考として、文庫本の裏表紙に書かれていた紹介文を下に転記しておきます。
「源氏と平氏の朝廷の確執に煽られて、一ノ谷から屋島、壇ノ浦、平泉へ。自らがやがて伝説と化することも知らぬままに戦を重ねて、短い人生を駆け抜けた義経。生涯のずべての勝利が、非業の死を彩る虚しい供物にしかならなかった逆説ゆえに愛され、時を越えて絢爛たる光芒を放つ稀代のヒーローと、彼を慕った女たちの流転を、哀歓を滲ませた華麗な筆致で描き尽くす宮尾歴史文学の白眉。」
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