この本の副題は、「傑出のアイデアマン・元東京市長・後藤新平」である。
(左の写真は、集英社の本ではなく、毎日新聞社から発刊されているもの)
著者の杉森久英氏は、私の地元七尾市出身である。「天才と狂人の間で」で直木賞を受賞した作家である。といっても地元贔屓という訳で、読んだ訳でもない。以前から後藤新平には、興味を持っていたからである。
上巻の粗筋を軽く書いておく。
後藤新平は、幕末の蘭学者・高野長英の甥にあたる。そのため謀反人の子と呼ばれていた新平が、胆沢県大参事・安場保和に見出され、その支援のもと成長し、優秀な医者となる。長与専斎、石黒忠悳(ただのり)、長谷川泰、司馬凌海、北里柴三郎などの知遇も得て、出世し、愛知県病院の院長となる。そこで、暴漢に襲われた板垣退助の治療にもあたったりした。その後内務省衛生局に移り、長与が退いた後、局長となる。
そこで、北里柴三郎のために研究所の設立に精力的に助力したりする。そして私費で念願のドイツ留学を果たす。帰国後は、帰国前から関わっていた相馬事件で、さらに深みにはまり、留置所に入れられることになる。裁判では無罪となるが、官職から離れてしまい、落魄する。・・・・
以前後藤新平に関する小説としては、郷仙太郎氏の「小説後藤新平」を読んだが、あの本では恩人の安場保和のことはそれほど書かれていなかったが、この本では読んでいて、彼の一番の恩人ということがよくわかる。安場氏は後に彼の妻の父・義父となるが、この本でどういう人物かやっとよく見えた感じである。
この本の特徴としては、この上巻では、相馬事件が、半分くらいの頁数を使っているということだ。郷氏の本では、さらっと触れた程度であった。相馬事件について書かれた部分を読んでいる間は、この本は一体誰について書かれた本なのか、疑問に思うほどで、ほとんど後藤新平が出てこない。著者自身も言うように、脇役程度に出てくる。でも本人にしてみれば、重大な局面であったから、彼を描くには欠かせない場面でもあるかもしれない。
それにしても、ちょっと偏り過ぎたのではないか、と思う。杉森久英氏の、この辺の扱いをみると其処に、直木賞まで獲りながら、一流作家になれなかった原因の一端があるように思えてならない。
彼のほかの作品も幾つか読んだが、長編でなく、短編などでも大きく脱線したりして、その書き様に疑問を感じたりしたこともある。まあそれでも数少ない地元出身の作家である。できるだけ贔屓にしたいと思う。勿論この作品も最後まで、読み通すつもりだ。