梓澤要さんの小説は、以前『捨ててこそ空也』を読んだことはあるが多分それだけだ。よって2冊目である。
この本は有名な興福寺の阿修羅像の写真が表紙に載っていて気にはなっていたが、今まで読むことはなかった。
たまたまブックオフへ行ったら100円で売っていた。
手にとってよく見てみると、奈良時代の橘奈良麻呂を主人公に描き、藤原仲麻呂(後の恵美押勝)との確執などを描いているらしいとわかった。
最近私は日本の古代史にもかなり興味が出てきた。
以前藤原仲麻呂の栄華と滅亡を描いた本や道鏡と恵美押勝との確執を描いた小説なども読んでいたので、彼に歯向かった橘奈良麻呂を描いた小説とわかり、読んでみることにした次第である。
この小説の冒頭、興福寺の阿修羅像は若き日の橘奈良麻呂の面影が投影されているかのように書かれているが、これは真実なのだろうか。読了後、解説なども読んでみたが、ちょっとはっきりしなかった。多分創作ではなかろうか。
謎多き橘奈良麻呂の出生に関しては、梓澤さんは、この小説でかなり独特の設定で書いているようだが、さすが史学地理学科で考古学専攻だけあって、かなり古代史を深く読み込んで書いている感じがして、小説としては当時の状況がよくイメージでき、結構面白く読めた。
ただこの小説では、父橘諸兄をたすけ、専横を続ける仲麻呂一派を打倒しようともがく橘奈良麻呂の姿は(後半特に)描かれるが、彼が企てたクーデター自体は、未遂に終わっただけに終盤ある程度経緯が書かれるが、あまり詳しくは描かれていない。
歴史上の登場人物としては、聖武天皇や光明皇后、元明天皇、孝謙天皇、橘諸兄、玄昉などの他に、奈良麻呂と親しい人物として、大伴家持や吉備真備、佐伯全成なども登場する。
大伴家持は私が住む七尾にも、越中国司時代にやって来ているが、私は武門の一族大伴一族の長としての家持に結構関心があり、この小説はそういう面から結構描かれているので、そういう意味でも興味深く読ませてもらった。
佐伯全成は、乱の際に奥州にいたが、以前の奈良麻呂との交流を疑われ自害しているが、もし佐伯全成が奈良麻呂と深く関わっていたら、佐伯氏もある程度処分されたはずであり、この後に出てくる佐伯氏出身の空海などの存在もなかったのかなと想像したりもした。
この小説が舞台となる時代に、これだけ権勢を誇る藤原仲麻呂も、後に孝謙天皇や淳仁天皇と仲違いし確執、対抗するため軍事力を強めようとして自ら墓穴を掘り滅びる運命にある興味深い人物だ。
藤原房前に始まる藤原北家は、ここに出てくる永手や八束の頃はまだ勢力は弱いが、この後勢力を伸ばし(藤原四家の中では一番遅く興隆し)、結局藤原家の中で一番長く繁栄する訳だ。
考えてみると奈良時代以前も、物部氏、蘇我氏、天智系子孫、藤原四家、など栄枯盛衰色々あったんだなあーと、あらためて古代の歴史の奥深さも感じさせられた。
今後も日本古代史を扱った小説や歴史書などをどんどん読んでいきたいと思う。
乞うご期待!