この小説を読むと、頼朝という人物は武士の棟梁でありながら不思議な人物だなぁと思う。
騎乗の技術も大したものでなく、弓もまともに引けぬ、そして今様の歌にハマるようなちょっと公家みたいになよなよしたところがあるのに、その弱々しさ、実戦向きでない武士などといった特徴があまりマイナスになってない。
例えば蛭ガ小島で決起する前の状況を見てみる。
頼朝が伊東祐親の娘と関係が出来て子供まで生まれると、祐親は平家からの懲罰を怖れて、娘を幽閉した後、赤子を簀巻きにして川に沈めてしまう。そして頼朝をも討とうとする。
面白いのはこの後だ。
頼朝が伊東祐親に追われて北条館に逃げ込んだことが、逆に関東の他の武者達を刺激していまうのだ。
あの八幡太郎の直系の義朝の嫡男・頼朝が北条一族の庇護を受けている、しかも北条一族の婿となっている、このままでは北条一族だけが御曹司を独占しかねない、と
そして頼朝の周囲にその後急速に武者達が集まりだす....
といった感じなのだ。
またこの三田さんの小説では今までの源平もの小説ではあまり注目してこなかった政治支配構造・経済的側面からも鋭い指摘をしている。
例えば西国がなぜ源頼朝を担いだのか、先程の例以外にも根本的理由を見事に説明している。
清盛の独裁前の治承4年以前は、平家一族の知行地は、伊豆や武蔵以外は西国であったが、清盛の独裁以降、上総、下総、常陸を加えた。
朝廷が、平家など武士を用いて国司や目代として全国を支配しようとしたのは後白河法王から始まる。
それまでのように公家が国司の場合は、武力は持たず、その地方の土豪らの力を利用してきた。
特に平家の知行地が少なかった東国は、その意味では武士の天国で、開墾などで新たに得た耕地なども社寺に寄進し名目料を払うだけで実質土豪の領地でありえた。
その状況が、平清盛が独裁を始めるに伴い、国司が実際には下国しない、国司代理役の目代を送る遥任(ようにん)であっても、平家の家士である目代とともに平家の武装勢力が下国し、地元豪族がそれまで自領として実質支配していた地域から押し出されてしまうのだ。
つまりこれ以上平家の知行地が増えると、地方武士がどんどん勢力を削られる事になる訳だ。
それで、多少公家的でなよなよしている頼朝であっても、妻は男勝りでしっかりしているし、武家の棟梁として頼朝を担ごうとする。
このように東国武士の権益を守ろうと、源氏系に限らず平家系の武士まで源氏側にまわった理由が鮮やかに説明されていた。
頼朝決起前までは、東国の武士は群雄割拠で平家には抗する力は無かったが、八幡太郎の血を引く頼朝が立てば、群雄が一つに纏まり鍛え抜かれた武士が多い東国は、京畿のみならず西国全体も脅かす強大な勢力となる。
歴史のダイナミズムとは、このようなものだろう。こういう事を明確に示している歴史小説は多いようで意外と少ない。
ただこの小説では、頼朝が決起するにあたり、真の敵は平家にあらず四ノ宮(後白河)だとか、この戦いは源氏のための戦いではない、武者の世を開く戦いだと言っているが、頼朝が当時明確にそのような目標を持っていたかどうかは疑問だ。
こういう箇所は後世の眼で、歴史的精算がどういうものであったかを書いている気がしてそのまま鵜呑みにはできない。
とはいえ今まで不勉強で気づかなかった視点など数多く出てきて為になる小説である。
今回はかなり長い紹介文になり、ダラダラと駄文になってしまった。
最後まで読んで頂いた方には感謝申し上げたい。
オススメの一冊です。