<百字紹介文>
2012年「蜩ノ記」で第146回直木賞受賞した本格派歴史小説作家・葉室麟氏の、黒田官兵衛を主人公とした小説だ。但しこの作品は、奇想的解釈の話も多く載せられ普通の歴史小説とは一味違った作品となっている。<詳しい紹介文>
今年2014年のNHK大河ドラマは『軍師官兵衛』だが、今回読んだ小説も人気に便乗する訳ではないが官兵衛ものである。
結構私自身、黒田官兵衛(如水)が好きな武将なので、今までにも彼を主人公にした小説は何冊か読んでいる。思い出したところを幾つかあげれば司馬遼太郎の『播磨灘物語』、吉川英治『黒田如水』、上田秀人『日輪にあらず 黒田官兵衛』、松本清張『軍師の境遇』あたりかな。
この小説も黒田官兵衛が主人公としている作品だ。ただ主人公はもう一人いる。碧い目をした日本人修道士・ジョアン(如安)である。彼が歴史的に実在した人物かどうかは知らない。恐らく架空の人物ではなかろうか。
官兵衛の時代を背景とした結構真面目な歴史小説だが、その一方で、「織田信長を殺した真犯人は誰か?」といった類の本でもある。
本能寺の変で直接叛旗を翻して襲ったのは明智光秀であるが、影で画策したのは正親町天皇だとか、公家の誰それであるとか、はたまた羽柴秀吉、上杉謙信、徳川家康、毛利家云々・・・色々説があげられてきた。
想像豊かなのは結構だが、歴史小説にしては奇想しすぎなフィクション多き小説といえるかもしれない。でも奇伝まではいかないかな?
この小説では織田信長を殺そうとしたのは、最初の頃は竹中半兵衛で、杉谷善住坊に鉄砲で信長を狙撃させた事件、松永久秀や荒木村重を叛かせた事件、上杉との対決で柴田勝家に寄騎(よりき)させていた秀吉に軍令違反させた事件・・・これらの事件の裏でそうなるように仕向けたのは皆半兵衛だとしている。
彼は、自分の故国美濃が信長に奪われたことを生涯恨みに思い、表面的には織田軍団の武将の一人・秀吉に寄騎して、織田方に随身しているように見せかけて、実は絶えず信長を斃す機会を伺っていたという。しかし彼は官兵衛が伊丹有岡城に幽閉されている間に病死する訳だ。
官兵衛は有岡城で叛旗をあげた村重を説得するにあたり、織田方を裏切らぬ証としてた彼の一子・松寿丸(後の黒田長政)を人質として差し出したが、信長はいつまで経っても戻らぬ官兵衛も裏切ったものとして松寿丸の斬首命令を出す。それを救ったのが半兵衛であった。彼はその命令が出る前に、この命令を予想し松寿丸を匿っていた(これは史実)。
官兵衛が陋屋から助け出されると、官兵衛は半兵衛の弟から厳重に封をした彼あての手紙を渡される。そしてそこには半兵衛が信長を斃そうとして失敗したこれまでの数々の謀略が記され、この宿願だった信長を殺す企てを官兵衛に、彼の一子を助けた事の引換として引き継いで欲しいとあった。
クリスチャンでもあった官兵衛は、今までは信長が日本のカトリック信者を保護してきたように見えたが、あくまで彼にとって役に立つ間で、将来的には見捨てられると予想しており、その意味でも信長を討つ決意を固める。
そして官兵衛が、その直接の執行者として狙いを定めたのは、明智光秀。
半兵衛の謀略のため動かしてきた人物は、これまで信長の家臣団の比較的外側に位置する者たちだったが、もっと内側のものでなければ上手く行かないと悟ったからであった。
官兵衛は、光秀が担当と思える方面(山陰、四国など)の攻略を横取りするかのごとく種々の理由を名目にどんどん進め、光秀の織田家の中の役割を狭め、叛かざるをえない状況にどんどん追い込んで行く・・・・・
さて、もう一人の主人公、ジョアンの方についても少し書く。
彼は自分が山口の守護大名大内義隆に仕えるクリスチャン名を持つ武士(既に戦乱で死亡)の子であると教えられてきたが、眼が碧く肌色も白かったので、周囲の者は、罪の子(カトリックの聖職者と日本の女性の間に生まれた子ども)に違いないなど噂していた。
本人も気になり、自分の本当の親は誰か?彼が仕える聖職者らに聞いたりして色々悩むが・・・・本の巻末に近いあたりで、その真相が判明する。
意外な人物がジョアンの親であると分かり・・・・読んでいる私も、まあフィクションだから、こういう結末もあるさ、と思わず呟(つぶや)いた・・・・そんな話となっている。
こう書いてくると、フィクションだらけで歴史小説の真実味が少なく、娯楽小説っぽい感じかなと思うかもしれないが、そこは格調高い歴史小説がお得意な葉室燐氏である。そこは十分味わい深い小説に仕上げてくれている。
またこの小説では、戦国時代日本にやってきたカトリックの聖職者が沢山登場する。ほぼ有名どころは皆登場しているように思う。日本の戦国時代のカトリック史を、概観させてくれいい勉強になる。
お薦めの一冊である。
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