<百字紹介文>
『狸穴あいあい坂』シリーズの第3弾。恋人・妻木道三郎との結婚を諦め、彼女を温かく迎え入れた小山田家で幸せを見つけた結寿。しかし1人の居候が転がり込み、それが契機で旗本・小山田家に大きな災難が舞い込む。
<詳しい紹介文>
『狸穴あいあい坂』シリーズの第3弾である。
図書館へその第2弾の『恋かたみ』を返しに行ったら、先日は見当たらなかったこの本もあったので、続けて読み、先の記事に続いて紹介することになった。
第2弾では、主人公の結寿(ゆず)は、想い人である町奉行所の隠密廻り同心・妻木道三郎との結婚を諦め、同じ先手組同心・小山田万之助と結婚する。結寿自身は望んで嫁いだ結婚ではなかったが、彼女を望んでもらい受けた夫のみならず、舅・姑など小山田家の家族からも温かく迎え入れられる。
彼女も時が経つにつれ、心から夫や小山田家の人々と暮らせることを幸せと思うように変化していく姿が描かれていた。
この第2弾では、巻頭の話で、小山田家に世話になっているお婆さま(ただし小山田万之助の実の祖母ではなく、祖母の従姉妹)の親戚にあたるという山伏の格好をした柘植平左衛門という男が訪ねてきて、食うに食えず縁者を頼って来たと言って小山田家に居候してしまう。
小山田家の人々は婆さまの他はまるで平左衛門の事を知らないのであるが、お婆さまとの知り合いなら小山田家との縁戚になるのだろうという程度で、多少怪しみはすれども、大きな旗本家の離れの空いた部屋に棲みついたことをそれほど気にしなかった。
実はこれが後に、小山田家を襲う大事件の契機であった。
結寿も当初は不審感を持ったりしたが、彼女が来るまで小山田家で粗略な扱いを受けていたお婆さまと大変打ち解けて話す平左衛門に、次第に気を許し好感さえ抱くようにさえなる。
この第3弾に出てくる事件は勿論、これだけではない。結寿の祖父・溝口幸左衛門が借家するゆすら庵の男どもが、美女の盗賊の色香に惑わされ、危うくやられそうになる話、
妻木道三郎の子・彦太郎を苛めていた子どもが、幸左衛門の指導の下、彦太郎らと一致協力して捕物術の術比べを八州廻りの指導を受けている者達と行う話、万之助の弟・新之助と両想いの女性が意に沿わぬ縁談の相手の手紙で心変わりする話等々色々出てくる。
そしてこの本の中程で、小山田家の居候・柘植平左衛門の正体が分り、一応事件は解決するが、それが原因となり事件後小山田家は非常な窮地に陥る事になる。
これ以上概略を書きすぎるとネタバレになるので、この辺でやめておく。
結寿は、妻木道三郎への想いを抱くのは、狸穴の坂上の小山田家からあいあい坂を歩いている間だけと想い定めて、この巻では、前の巻以上に、武家の家刀自としての自覚を持ち、人の本当の幸せとは何か、どうやって幸せを見つけるか等、心身ともに大人の女性へと変化した結寿を描いている。
帯紙のコピー文にもあったが、結寿が、破綻しそうな恋に悩む義弟の新之助に語る言葉がその辺をうまく描いている。
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結寿は指を伸ばした。
「ほら、麻布十番の通りが見えるでしょう。あの道だけが掘割に続いているように見えますが、ごらんなさい、左右をよう見れば、掘割へ出る道は他にもあります。どの道を通ってもたどりつけるのです。」
自分を追いつめてはいけない、道がひとつしかないと思ってはいけない――。
結寿はそのことを新之助に伝えたかった。思えばそれこそが、別れのとき、まさにこの坂で、道三郎が結寿に教え諭してくれたことだ。
――人は変わる、歳月は悲しみを癒してくれる。
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諸田さんの小説に出てくる主人公は、困難に出会っても、それを前向きに考え直して、力強く立ち直り、それを乗り越えて生きていく女性が多いように思う。
例えば『お鳥身女房』シリーズなどもそうである。
こういう諸田さんが描く、前向きに力強く生きていく人たちを見ていると、やはりこちらも元気付けられる。
現代は、ある意味非常に生き辛い時代だと思う。私の両親もこんな困難な時代は、戦前にもなかったと言っている。
生きていくには、この時代に愚痴を言っていても仕方あるまい。色々困難な状況も前向きに捉えなおして、しっかりと生きていくしかないのだろう。
そういう意味では、諸田さんの小説は非常に私の心の支えにもなっている。
それだけに多くの日本人に、この『狸穴あいあい坂』シリーズをはじめ諸田さんの作品をお薦めしたい。
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