<百字紹介文>
元加賀藩御買物役の父を持つ武家の出であるが、今は京の骨董屋「遊壷堂」の主人・征次郎を主人公にした時代小説である。彼が己と因縁浅からぬ事件に関わり、舞台も京・長崎・金沢と移り、ストーリーは展開していく。
主人公は、金沢生まれで京都の東大路松原上ル東入ル、いわゆる清水寺につながる夢見坂にある骨董屋「遊壷堂」の主・柚木征次郎である。
彼の父親は、元加賀藩御買物役であったが、猪熊玉堂という男に「流れ圜悟」と渾名される有名な掛軸を使った詐欺で騙され、巨額の藩費を無駄にした責任をとって切腹あせられていた。この猪熊玉堂は、この小説全体を通じて、重要なライバルというか、敵役として登場する。
母親もその後、まもなく亡くなり、まだ事件当時十代と若かった征次郎は金沢を逃げるようにして出て、一時期江戸にいて荒れた生活をしていたが、父親の友人で骨董屋の柴山抱月に拾われ、そのもとで修行し、京の夢見坂に店を持つまでになったのであった。
この征次郎には2つの裏の顔があった。
1つは“六道闇ノ市”の一員であることだ。この六道闇ノ市とは、世間に出せないいわくつきの品物を取引する骨董市である。時に名作と呼ばれ世の中から忽然と消えたような盗品なども出てくるような市である。
会員は覆面をして名を名乗らず、元締が提示する品々を競売するのであった。
そして彼の裏のもう一つの顔は、長尾流体術(柔術の一派)、鞍馬楊心流剣術を修めた武人の身分を捨てたことであった。これは彼がまだ若い頃、金沢にいた時、武士の子として身につけたものであった。
この本は、主な舞台が3箇所ある。
全体の1/3ほどが、遊壷堂がある京都の町を舞台の中心にしている。
中程の1/3は、長崎が舞台にしている。
後方の1/3は、彼の故郷・金沢が舞台の中心としている。
この小説の時代背景は、幕末である(巻末は明治に入っている)。
巻頭の作品、つまり京都が舞台の話で、楢柴と呼ばれた茶入の名品がある日、遊壷堂に持ち込まれる。それを売りに来たのは訳有りそうだが、その価値を全く気付かぬ女性。征二郎は最初に見た時は凄い一品だとは思うが、楢柴である事には気がつかず、後に六道闇ノ市のメンバーの指摘で気づく。兎に角この事件が契機で、話が展開していく。
その後、当時京都の町を警護していた新選組隊士が事件に絡んだりして、意外な展開を見せるが、征次郎がかつて身につけた武術が、昔取った杵柄ではないが功を奏して危機一髪の難を逃れる。
しかし征次郎が新選組隊士を殺したことにより、理由は何であれ、京都にはいられなくなり、全国を彷徨うた後、長崎に行くわけである。
ここまでで述べなかったが、京都での事件で征二郎は、彼の実家の隣人で、幼馴染で竹馬の友の長尾平内と再開する。彼は、征次郎の父親と同じ御買物役の堀家の養子となり、その時京都に所用で出てきていたのだった。
その平内と、今度は長崎で再開する。
それも日本最初の写真館を始めた上野彦馬の店で、薩摩藩士と親しく語らっているところに出くわしたのであった。
薩・長両藩は、加賀藩と違い、その頃は尊王攘夷の代表藩で、平内が薩摩藩士と親しくしていること自体怪しい行動であった。
そしてその後、平内が長崎の街中で襲われ殺害される事件が起き、その場に偶然居合わせた征二郎は、彦馬の写真館で撮った写真を彼の妻に渡す役を託され、金沢へと舞台が移っていく訳である。
これ以上話すと、ネタバレしずぎになるのでやめておくが、先ほど述べたように、主な舞台も3箇所出てきて、意外な展開などストーリー性に富む小説に仕上がっている。
後半は、古九谷の擬い物が事件のカギとなるストーリー展開となる。
少し批判的な意見を述べると、著者は、加賀藩の歴史をかなり調べているようだが、加賀藩の幕末の藩主、慶寧の改革を大げさに考えすぎているようだ。
私が住む石川県は元加賀藩であり、加賀藩の歴史も私はよく知っているが、藩主・慶寧の下で活躍?した黒羽織党は、時代の流れをよんだ先見的な改革派などというものではない!
改革派を名乗るが、むしろ、封建的な力の象徴・百万石の石高の意識して、藩主の権威の下、狐の威を借りて大手を降る連中、古臭い意識しか持たぬ連中である。
これを読んでいる方は何のことかわからぬ話をしてしまった。
兎に角、少し加賀藩をオーバーに評価しすぎるかなという気がした。
そういうことに拘らねば面白く読めるだろう。
解説によれば、この続編も出ているようだ。
機会があれば、続編も読んでみたい。
お薦めの時代小説である。
←ランキングに参加しています。