<百字紹介文>
歴史・時代小説の巨匠、南條範夫氏の、これぞ娯楽時代小説というべき傑作短編集である。表題作では、ナチスによる国会議事堂放火事件と平安時代初期に起きた応天門放火事件の類推性を比較し、事件の真相を推理する。
<詳しい紹介文>
時代小説短編集である。といっても近世ではなく、平安時代から戦国時代以前が舞台の話。
収録話は、『応天門の変』『暗殺者』『戦国惨殺』『六百七十人の怨霊』『戦国とりかえばや物語』の五篇である。
まず『応天門の変』
貞観年間に起きた応天門が放火された事件を扱った作品である。
貞観8年(866年)閏3月10日、応天門が突如炎上した。門の内外周囲に火を扱っている場所もなく、誰かによる付け火を思われた。
大納言・伴善男(とものよしお)は、炎上を左大臣源信の犯行であるとして訴えるが、藤原良房の工作で源信は無罪となる。そして半年後、今度は鷹鳥という小役人が、逆に善男と右衛門佐中庸(うえもんのすけ・なかつね)の父子こそ放火犯人であると訴える。
父子は捕らえられ拷問による尋問を受ける。見に覚えのない善男は、それでも拷問に頑強に耐え無罪を主張し続けるが、中庸が自白してしまう。
著者は、この事件と第二次世界大戦前にドイツで起きた(現在ではナチスドイツの工作によると言われる)国会議事堂放火事件との類似性に着目。事件の真相を推論するため、もしあの時、伴善男がきちんとした釈明できる裁判の場を与えられたなら、どういう結果になったであろうか?と、いわばif条件の架空の裁判なども展開してみる。
そのため平安時代を舞台にした時代小説でありながら、途中ドイツのその事件で無罪を勝ち取ったディミトロフの裁判の口頭弁論の内容なども比較のために紹介され一風変わった作品となっている。
でもドイツ国会議事堂豊家事件と応天門の変が比較されることにより、この事件に詳しくない私も、著者の博学明敏な推理により当時の事件が起きた背景など理解でき、上手い構成だなと唸らせられた。
『暗殺者』は、「壇ノ浦以後の平氏については、落人伝説だけが伝えられているが、復仇を図った者もいたはずだ」と著者が想像して出来た作品だとか。
ただし私はよく知らぬが、復仇側の登場人物は必ずしもフィクション上の人物でなく、『吾妻鏡』や浄瑠璃『出世景清』などに登場する越中次郎兵衛盛嗣、悪七兵衛景清、上総五郎兵衛忠光などといった男たちだ。
壇ノ浦で死ななかったが、頼朝らに一矢も報いず死ぬのは惜しいと復仇に執念を燃やす男どもの生き様は、これはこれでまた天晴れと言うべきものであった。
『戦国惨殺』は、戦国時代伊予の国の小城・尾首城主尾首掃部直幸の後継者争いを題材にした作品である。実際伊予にあった小城のようだが、どこまで本当の話かは全くわからない。
母を異にする兄弟が、城主である父が卒中で倒れると、それまで水面下の争いに過ぎなかった状況から、それぞれの兄弟が卑怯も構わぬ謀略を駆使。最終的に城主に就いたかに見えた弟の方も、父君まで手をかけ亡き者にした仕儀に、家臣が身の危険を感じ乾坤一擲の大芝居を打つ。
戦国時代、小城主として生き抜くための凄まじさと、その仕儀によってはやはりそのため身を滅ぼすことになる厳しい時代などを上手く描いていたように思う。
『六百七十人の怨霊』は、織田信長に反旗を翻した荒木村重が、篭城後結局数十名のみ従え抜け出し、伊丹城に残した670人もの家来や身内を見捨てた事件を題材にしたフィクションのようだ。
あの事件は、資料では670人皆殺しになったと記されているが、著者は男一人女一人が密かに生き残ったとし、村重と彼の重心・荒木久左衛門に復讐を行う話である。
『戦国とりかえばや物語』
讃岐の国、勝賀城主香西元截(もとたか)の二人の子、太郎丸と次郎丸の数奇な運命を描いた作品である。
この作品に出てくる香西元截、香西佳清(よしきよ)などは実在の人物のようだが、この作品にあるように、城主である佳清が、2人の兄弟が途中入れ替わったなどという話はどうもフィクションのようだ。
顔は双子のように似ている兄弟であるにも関わらず、二人の性格は全く正反対。
兄は温順柔和で消極的な性格で戦いを好まず。それに反して弟は剛強俊敏、万事に積極的で、武事を好む。
彼らの父君である城主の父に伴い、家臣たちはどちらにすべきか悩むが、悩むまでもなく兄は城主の地位は弟に譲ると言って、自分は香西家と深いつながりのある堺の商人・十九屋に厄介になるという。
その後、兄弟お互い自分に合った道に進み当初は順調に進むのだが、弟・佳清がとある合戦で目に怪我をし盲目となる。見舞いに帰城した兄は、かつての家臣らに迫られ、城の危急を脱するために、弟と入れ替わって城主・佳清の役を演じることになるが・・・・。
取り替えられた二人の運命を面白可笑しく描き、これぞ娯楽時代小説の醍醐味と言える作品になっている。
時代小説ファン、歴史小説ファンにお薦めの一冊である。
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