<百字紹介文>
著者は奈良県文化財課の技術者として長く社寺等の文化財の保存修理に携わってきた人物で、H5年に退職し社寺などの保存修理をする会社を設立。H10年台風で損壊した室生寺五重塔を2年で修復した話等を紹介する。
<詳しい紹介文>
まず著者・松田敏行氏のプロフィールを紹介する。
松田氏(昭和7年生まれ)は、文化財保存技術者という肩書を持ち、もともとは奈良県の文化財課に勤務し、それまでの42年間に唐招提寺宝蔵(国宝)や海竜王寺西金堂(重文)など30棟以上の文化財 の保存修理にたずさわってきたそうだ。
平成5年に県を退職。その後自分で会社を立ち上げ、以前と同様社寺などの保存修理の仕事に従事した人のようだ。
ただしこの本は、平成13年4月20日発行の本である。
その後の著者の経歴等は知らない。今も健在で仕事をしているのだろうか??
タイトルに「室生(むろう)寺五重塔」とあるが、この五重塔が平成10年9月、台風で損壊したニュースは、私もかすかに記憶がある。
著者松田氏は、その修復工事の監督を依頼され、平成12年10月、わずか2年という早さで修復したそうである。
私は室生寺へ行った事などない。奈良市の南東方向にある室生山系に、多くの院坊を有する山岳寺院で、伽藍図をみると境内は広大のようだ。
何故この本を読んだかだが、宮大工など、こういう伝統的日本建築(木造建築)、伝統工芸などの話が好きだからだ。
また表紙に、その五重塔の美しい塔が写真で載っていたが、私は一目見てその塔が気に入ってしまった。 人間なら一目惚れとでもいうのであろうか。
五重塔だが、高さは16.1mしかないという。
五重塔の上の五重と四重の中は頭さへ入らぬ狭さだと言う。
ただこの本は、その室生寺五重塔の修復の話だけ紹介した本ではない。
内容は著者が、この道(社寺などの保存修理)に入ってから手掛けた修復工事の話が半数以上である。
室生寺五重塔の話も興味深かったが、円成寺(えんじょうじ)創建以来1200年の間に6回も姿を大きく変えてきた大直禰子(おおたたねこ)神社社殿(円成寺の神宮寺)の話なども面白かった。
建物などは分解すると、修復の痕跡が出てきたりするという。修復前に、そういう記録は全て残し、その痕跡から以前の修復でどのような変更が行われたかを推理したりするそうだ。
例えば他の部分で使っていた木材を、用途を変えて(加工を施して)修理前の部分に使っていたりした場合、分解した後に、以前の釘の穴などの痕跡が出て、それを手がかりに、それと符合する箇所がないかを調べ分かる事があるようだ。
私も機械関係の修理業を個人でしているが、分解という作業がどんな書物より、一番技術の手本になるように思う。
建築の仕事も同じようである。同様なことは、以前法隆寺の有名な宮大工・故西岡常一氏も言っていた。
ただしこの著者は、西岡氏ほど桧(ひのき)や釘不使用のこだわりはないようだ。西岡氏の場合、奈良時代から鎌倉時代の間に出来た建物の修理がほとんどだから、それでやっていけたのだろう。西岡氏もそれは認めていた。時代が経てば経つほど、桧などいい木材は無くなり、マツやスギなど劣る木材を使わないといけないので、それらの取捨選択の中で最良の方法を探るしかないのだろう。
ところでこの本の著者松田敏行氏は、建築関係の技術者であるが、西岡氏と違い大工ではない。実家は4代続く大工の家だそうであるが、奈良県立吉野工業高校・建築科を出たようだが、大工になるつもり入ったのではなく、著者の言葉によると大工より楽な設計屋にでもなろうと思い入ったそうだ。
この道に入ったのも望んでではないそうだ。たまたま高校の建築科にいた時、ジェーン台風で奈良県下の寺社が沢山被害を受けて、人手が足りなくなり、奈良県下唯一の建築科の生徒ということで駆り出されたのがきっかけとなり、その後その延長線上で県庁に入り文化財保存課の臨時技術雇になり、平成5年まで役人勤めをしたようだ。
役人として修理報告書など文書を書く事務の仕事もやってきたせいだろうか、その分叩き上げの職人などよりはその辺の説明の仕方は上手いかもしれない。古の匠や先人たちの知恵を、実際の社寺の写真や図を用いて素人にも易しく解説している。
またこれは私の推測だが、この本はおそらく聞き取りによる本だろう。取材テープを起こして筆記していったのだと思う。時々、奈良弁だろうか、人柄がうかがえるような優しい方言の言葉遣いも出て来る。
読んでいて、テーブルを挟んで向かい合い、お茶を飲みながら話を聞いているような感じがした。話の途中、時々テーブルの上に開いた図や写真を指さし、そして著者が私の顔をひょいと下から窺い、「どうや?」と反応を窺うような・・・そんな感じといえばわかるだろうか。
具体的でかつ素人向けに分かり易く社寺などの文化財保護の仕事を紹介したとてもいい本だと思う。お薦めの一冊です。
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