<百字紹介文>
言語に関わる事柄をテーマの中心とした短編小説集。文字など記号を擬人化した冒頭作「括弧の恋」をはじめ、日本語の可能性を追求しお笑いを創造し続けた井上ひさし氏らしい作品のオンパレード。これぞ氏の真骨頂だ。
<詳しい紹介文>
タイトルの意味を考えるに、何かしら言語に関わることを小説のテーマの中心にした小説集とでもいえようか。
各話の簡単なあらすじを書き、紹介にかえる。
第1話「括弧の恋」
ある広告代理店社員のワープロが、結構使いこんだためか最近反応が遅くなってきた。その社員は気付くはずもないのだが、実はそのワープロの中の記号たちが原因であった。
例えば「という始め鉤括弧に、」という終り鉤括弧が恋をした。「 」の中に文字を打てば打つほど二人の間は離れていく。それをためらったのだ・・・・。
あるいは記号の●と■が、!という感嘆符に「半端野郎」と横柄なものいいをして、両者の間で口喧嘩になる。果ては●や■と、普段から彼らに反発を示す記号らが、武器(武器も全記号)をとっての大争い・・・
要は言語記号など記号らに人格を持たせ、擬人的に書いた傑作小説だ。
第2話「極刑」
ある劇団に所属する加代は、インドのムガール帝国の第3代皇帝アクバルが行ったといわれる言語実験を扱った題材の芝居『極刑』で、中心的な役割の3人の1人の役が当たった。言語はいかにして成立するかを赤ん坊を使って実験するという話だが、その中心的な3人とは、乳母と赤ん坊の監視役A、同じく監視役B。
3人の台詞だが、乳母の台詞は文法的にも正しいもの。Aの台詞は文法的には正しいが意味を成さないもの。Bの台詞は、、文法的にも意味的にも正しくない台詞となっていた。
加代は、監視役Aの役であった。台詞を練習するうちに、加代の体に異変が起こる。この覚えるに辛い台詞が原因で、無意識に「役を下りたいという意識」を、下りることは役者廃業を意味すると認識が、自己保身のために意識に気付かないふりをさせていたのだ。が我慢すればするほど体に変調をきたしていく・・・・。
第3話「耳鳴り」
昔若い頃にテレビの人形劇の台本を書いて生計を立てていた男のもとに、ある日一通の手紙が届いた。それは彼が昔書いたその人形劇「びっくりびっくり島」の主題歌の冒頭の音が原因で、その男がひどい耳鳴症にかかってしまったという内容だった。
その作家も耳鳴症で他人事でないだけによく分かり、最初のうちは思わず笑ってしまった。詳細な症状を恨みつらみ訴える内容に興味深く読みつづけていたが、終りが近くになるにつれ・・・・。
第4話「言い損い」
ある男がため息を何度もつきつつ電車に乗っていた。彼は興奮すると言い損いをするという病気があった。38歳だが、独身。母親はある女子大の教師だった。
その日は、母親の教え子と、イタリア料理店でお見合いデートであった。彼も彼女が美人なだけに気合いが入ったが、それだけに興奮し、いつもの癖が出て言い損ないを連発。そのため彼女に途中で飽きられ、途中で席を立たれてしまった・・・・。
第5弾「五十年ぶり」
ある方言学者が、喜寿を弟子らから祝福され、とある高級料亭で飲んでいた。ちょっと小を足すため雪隠に行った。彼は、そこでやはり泥酔しながら小便をしていた二人連れの方言を聞き、一人は富山県魚津出身の男、もう一人は大分県大分市の出身と判別した。
しかもそのうち、大分市出身の男の方は、その黒子などで古い記憶が蘇り、昔彼を冤罪で痛めつけた特高の男と気付く。これを意趣返しのいい機会と考えた彼は・・・
第6話「見るな」
三陸の船越という小さな集落は、方言の中に馬来(マレー)語に似た言葉が混じっていた。そのためおそらくはジャワ島やインドネシア島から船でここに渡って来た人が住みつき、その言葉が現在まで残ったと言われていた。
ある小説家も母からその事を昔聞いた事があったが、信じていなかった。が実際その土地を訪れて、二人の老人の会話を聞き、その話を信じるようになり・・・。
第7話「言語生涯」
ある有力鉄道会社の社員が、本社転勤を間近に控えたある日、突然舌がもつれて「大便ながらくお待たせしました」と放送してしまった。それをきっかけに、ふざけた冗談のような言葉が自然と出てくる症状をきたした。栄転はとりやめとなり・・・
この小説ではその症状の説明を、高柳源太郎という言語病理学者が、ある病院の附属の看護学校で行った講演の速記録という形で載せている。
以上言語をテーマにした短編小説7話が収録されている。
日本語を自在に操るかのようにその可能性を追い求め、日本語で笑いを創り続けたいかにも井上ひさし氏らしい小説集である。冒頭の言語などの記号を擬人化した作品など、著者らしい抱腹絶倒の典型で、彼の真骨頂を示した作品といえるであろう。
お薦めの一冊です。
(この記事は、七尾市田鶴浜図書館から借りてきた同書をもとに書いています)
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