<百字紹介文>
美人画家として江戸時代随一の人気を誇った浮世絵師・喜多川歌麿。その40代半ば技量の衰えなどを感じつつ、美人画に拘り、愛妻家の一面も見せる好色漢の評判とは違った人物像を描く。藤沢周平独自の歌麿像に注目!
<詳しい紹介文>
江戸時代の絵師や戯作者を主人公にした本を今までに何冊か読んだ。
葛飾北斎や東洲斎写楽、十辺舎一九などが多かったように思う。
喜多川歌麿を主人公にしたものは初めてだ。ただこういう小説には、必ずと言っていいほど、版元の蔦屋重十郎が登場し、絵師や戯作者が版本を通してか付き合いがあり、有名な絵師・戯作者が他にも幾人も登場するのが定番のようになっている。
この小説にもそういった者たちが数人登場する。蔦屋重十郎、戯作者の滝沢(曲亭)馬琴、山東京伝などが出てくる。
喜多川歌麿といえば、浮世絵の美人画をすぐ思い浮かべる。現代的感覚からいえば、美人とは必ずしも言えない女性かもしれない。でも美人画といえば、江戸を代表する人物と言えばまずこの喜多川歌麿があがる。ということは描かれた女性たちも、昔なら美人の要素を十分備えている女性たちだったのだろう。
歌麿は、美人画の他にも春画も書いている。凄絶なまでに生々しい男女の秘事を描いた艶本も出していることから、稀代の浮世絵師と呼ばれ、好色漢の代名詞のようにされている歌麿である。
だが藤沢氏は「歌麿は若い頃はかなり遊んだ形跡があるが、おりょという妻を得てからは、なかなかの愛妻家でもあった」(あとがき)と述べる。
裏表紙の紹介文にもあるが、この小説に描かれる歌麿は「著者独自の手法と構成で描きだされる人間・歌麿の貌!」である。
収録話は、「さくら花散る」、「梅雨降る町で」、「蜩(ひぐらし)の朝」、「赤い鱗雲」、「霧にひとり」、「夜に凍えて」の6話だが、連作となっている。
各話ごとに、歌麿が興味をもって絵に描こうとする女性が登場する。歌麿は、ただ表面的に似せて描くのではなく、(どうも上手く表現しにくいのだが)その女性が今見せている姿だけではなく、普段見せない面(裏面の私生活)までも読み、描くこうとした。
「なんかわたしには見えないものを隠しているような女がいい」
だから逆に版下の絵を書いているうちに(何か女性に謎めいた奥ゆかしさを感じているうちはいいのだが)、女性の表情などから所帯染みた一面など窺い知ると、今度は逆に画く気が萎えてしまったりする。この小説に出てくる6人の女たちも、それぞれに物語はあるのだが、結局完成まで辿りつく女性はいない。
ところでこの小説に重要なキーとなる登場人物を紹介するのを忘れた。
この小説のでは、歌麿は既に妻の‘おりょ’を亡くしている。身の周りは、2人の住み込み男弟子、花麿と竹麿と、それに女弟子のお千代がした。
このお千代は14際の時、歌麿に弟子入りして、16歳で蔦屋の出版するものに描くほど早熟さを見せるが、17際の時嫁に行き画技は中断。2年後離縁され、再度弟子になり、身の周りの世話をするようになった。
妻‘おりょ’に死なれた後、お千代を後妻にしようかと考えた時期もあったが、踏み切れないままに話は立ち消えになり、その後そのままの状態が続いている。
お千代はその後もずっと歌麿を慕っていたようだ。
歌麿は、一度とはいえ、お千代を後妻にしようかと考えたほどであるから、別にお千代を嫌っている訳ではない。おそらく仕事にのめり込んでしまうタイプなのだろう。その上彼の仕事が悪い、当代一の美人画家である。彼は、絵の対象にいい女性を見つけ絵を描く了解を取り付けると、その女性に心が集中してしまう。それでいて絵を描き切ってしまうと、その女性への関心は無くなるという。
そんな折、お千代は時に少し嫉妬したりもするが、歌麿のいつもの癖と嫉妬をあまり表に出さず対処する。
40代のなかばを迎えた歌麿は、この小説の途中から次第にお千代に気を留めるようになり、彼女を後妻に迎えることを考えたりするが・・・・
各話に登場する6人の女性を少しづつ知るうちに、歌麿が予想した裏面のみならず、思いもかけない面を見出したりして話は展開していきます。
お千代と歌麿との関係も含め、男と女の微妙な心理、他人には窺い知れない関係なども、上手く描かれ、好品となっています。
なお歌麿の妻‘おりょ’が生きていた頃を描いた作品としては、高橋克彦の『だましゑ歌麿』があるようだ。私は、その本の姉妹編『春朗合わせ鏡』(葛飾北斎が主人公)を読んだことはあるが、まだそちらは読んでいないので近いうちまたそちらも読んでみたいと思う。
藤沢氏の、(出羽の架空の藩)海坂藩を舞台とした作品や武家者を扱った作品とはまた一味違った作品に仕上がっています。
時代小説ファンには、お薦めの一冊です。
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