中古本屋のブックオフにて定価の半額で買ってきた。
最近NHKのクローズ・アップ・現代で、イグ・ノーベル賞をとった日本人の事などが紹介され、この粘菌が持つ知性の話も出ており、非常に面白いと思った。
関連本があったら一度読んでみようと思っていたところ、中古本屋であっさり見つかたので、早速買って読んでみたという訳だ。
先のNHKの番組では、著者は結構老けて見えたが、プロフィールを見ると何と歳は私より1歳下。
ところで私が最初に粘菌に関心をもったのは、結構最近。南方熊楠の生涯や事績に興味を持ち始めたことによる。単細胞生物で時にシートが広がるようにどんどん大きくなる粘菌は、奇妙な生物だが、それほど不気味でもなく興味が沸いたのだ。
この本にもあるが、五界説による生物の分類では、粘菌は一応「原生生物界」に入れているが、真菌界や動物界にも近く、分類も曖昧。謎の多い生物という事が魅力だ。
普通は、単細胞生物という言葉は、その名自体が「愚かな」という意味の比喩的な修飾語として使われるように、その行動・判断は賢くはないと思われている。
それをこの著者は、覆(くつがえ)してみせる。少なくとも粘菌に関してNo!と否定している。
Noと言うだけでなく副題にあるように、「知性」という修飾語までつけて、その驚きの能力を、実験などによって明らかにする。
西欧人は、知性(Intelligence)とは神が、自分に似ている人間だけに与えたものという考えを持っているので、動物ならまだしも、彼らが下等動物と思っている単細胞生物の粘菌に、知性があると述べることは、ほとんどの西欧人には信じられない考えと写るようだ。
しかし同時に彼らが、日本人さえあまり注目していなかった粘菌に関する短い論文に注目し、イグ・ノーベル賞まで与えたという事は、日本人が見習うべき態度というべきだろう。
このイグ・ノーベル賞などの対象となった粘菌の驚くべき知性には、本当に生物というものへの考えを改めさせるような意義があると思う。
迷路に餌を2箇所置くことによって、粘菌に迷路解きをさせる。色々な方向に伸びた粘菌は益のない方向へ伸びたものは引き上げつつ自分で消しながら、最終的には、餌場までの最短距離に近い1つのルートに集約され纏まるのだ。
脳のような神経系が集中した機関もなく、体全体で温度を感じたり触覚・嗅覚・味覚を感じ、運動も体全体、司令を出すのも体全体。身体運動そのものが何らかの形で情報処理を行うという。脳や神経ではなく、体が脳的な活動をする。
著者は自律分散的な情報処理と言っているが、考えれば考えるほど不思議な生物で、不思議な能力だ。
著者も言うように人間の脳も、人間の体全体の中で果たしている役割を考えれば集中管理方式的な情報処理をしていると見なされるが、脳の働きだけ見ると、脳自体の中には司令塔となる中枢部は(たぶん)無い。同様な要素の並列回路だからなり、情報処理はそれらの同質要素の相互作用に基づいて行われ、そういう意味では生物の情報処理は一般に自律分散的といえる。
粘菌も、大きな脳を持つ動物も、深いところでは基本的に同じなのかも知れぬと思った。
シュタイナー問題(平面状の幾つかの点を結ぶ最短経路を考える問題)と呼ばれる最短経路の問題や、先にあげた迷路の問題を、概ね良い成績で解いてみたりするだけでない。
試行錯誤的行動をしたり、「パブロフの犬」のような条件付反応(2つの異なる刺激を関連付ける連合学習の能力)もする。
また外的刺激の周期リズムを覚え、予測し行動するかのような記憶・行動機能、また新に発生した障害(問題)を前に、人間のように逡巡し、決断後は迷いなく動く姿など、まるで人間的でさえある。
さらには何と、計算能力が優れた超大型コンピューターでさえ計算が難しいような危険度を最小化するような経路を探索し答えを出してみせたり、その他にも最適化ネットワーク、多目的最適化など色々な分野に将来応用できそうに思えるほどの能力を発揮する。
著者も言うようにこれは立派な「知性」と言ってよいだろう。
他人・動物などを下等(愚か)だと決め付ける傲慢さは、知性の発展性を自ら制限する何ものでもないような気がする。
このPHP・サイエンス・ワールド新書には、どの表紙にも「The important thing is not to stop questioning」という言葉が書かれている。私はこれを「大切なのは飽くなき好奇心」と訳してみた。
全てのものに偏見を持たず、「飽くなき好奇心を持って」智慧を見出し、謙虚に学ぶ必用があるのだと思う。それこそが人類生存の危機的状況に直面している今日、人間が21世紀以降も生存していく1つの鍵のような気がする。
またそれだけに昔の日本人の自然を畏敬する性向も、それを失わなければ、欧米人には出来ない日本人ならではの世界的な貢献も出来るのではなかろうかと夢想する。
お薦めの一冊です。
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