原著のタイトルは『世渡りの道』、またこの文庫本につけられた副題は、「「品格」をつくる生き方」である。
新渡戸稲造というと、あの世界的名著と言われる『武士道』を書いたことで有名である。
「世渡りの道」と原著のタイトルにあるように確かに処世術を書いた本だが、処世術というと自分の利益に叶う様上手く行動する方法のように聞こえ、何か嫌らしい気分にさせるが、この本はそういう本ではない。
「品格ある生き方」を説く新渡戸氏は、そういう自己の利に叶う様に行動する生き方は、嫌っている。
したがって要領よく世間を世渡りするコツとか、自分をよりよく見せたり、他人を出し抜いて出世したり、あるいは近年よくいわれる勝ち組、負け組みと人を分けて考え、勝ち組として残っていくにはどうするかといったことを教えるノウハウ本ではない。
日本人の精神の基礎は「武士道」にありと説き、武士道がキリスト教などの倫理に劣らぬ自律的倫理精神であることをうたった新渡戸氏である。そんな低劣な道を説くわけが無い。
この本の解説を書いている竹内均がこの2書の違いを上手く説明しているので、ちょっと引用させてもらおう。
「『武士道』が日本精神の“背景(バックボーン)”をなす本とすると、本書『自分をもっと深く掘れ!』は現実を生きるための具体的知恵集ともいうべき本である。それほどに毎日の生きかたや生活上のいろいろな問題に対し、具体的解決策が示されているということである。」
新渡戸氏は、高潔ぶって書いている風もない。昔は短気で怒りやすかった事、したがって他人の悪口を言ってしまう欠点・品の悪さがあり、それを克服しようと努力したことも書いているし、そしてそれ以外の欠点は今でも出ることがあると、隠さず正直に書いている。
時に自制が利かなかったりなどといった失敗なども隠さず述べる、ざっくばらんな文体である。が、それが返って、不断に克己に努める高潔で品格のある古武士を想起させ、私もこの人のようになりたいと憧れさせる。
病気でサラリーマンを辞め継いだ我家の稼業は、地方のしがない機械修理が主体の自営業。長期の不景気に身分相応の生活をしじっと耐え、やれることを地道に続け、技術・知識も向上させて信用をつけるしかないと頑張ってきた。弱音を吐きそうになったこともあるが、この本を読んで、私は間違ってはいなかったと改めて確信した。
少し長くなるかもしれないが、最終章の中で私が気に入った文章を引用し下に紹介したい。
新渡戸氏は、人生の問題は何であるかなど大問題はなかなか解決できるものではないから、「抽象的に人生の目的は何であるかという問題を解決しようと頭を悩ますよりも、具体的に自分は何のためにこの世に生きているかを考えたい」という。
「多くの人は己の本分を忘れ、なすべきことを怠り、空想に耽り、得がたきものを望み、そのためにますます悩むものである。
自分の足もとからはじめることを忘れず怠らず、具体的な問題の解決から出発する人だけが、このような悩みに陥らずにすむ」と説く。
「偉い」や「非凡」の言葉の意味を深く掘り下げ、こうも説く。
「偉いということは、自分の天性を全うし、その天命を喜び、自分が天より賜った力を充分に発揮し、自分の務めを忠実につくすことである。世にほめられるかどうかというのは、人の偉さを決する基準ではない。」
「真に偉い人は・…自分の地位に応じて相当の仕事をし、悠々と余力を保っているものである。小さい仕事であれば小さいなりに仕事をするが、誰がみても、そんな仕事をさせるには人物が大きすぎると言われるくらいの人が偉いのである。
…(中略:孔子の牧畜の役人時代の話や豊臣秀吉の草履取り時代の話を例に挙げ)…
ふたりとも小さな仕事をやらせても完全にそれを成し遂げ、たとえ余力はあっても自分には物足りない仕事などと不平を唱えたりはしなかった。もし逆に今の職務をはなはだ不本意に思い、おれがこの世に生まれた目的はこんなことをするためではないと自負するあまり現在の職を怠れば、これは取りも直さず、その人が偉くないことを証明するにすぎない。
自分の現在の義務を完全に尽くす者が一番偉いと思う。そして自分の現在の義務は何であるかをはっきり認め得る人は、人生の義務と目的を理解する道に進むであろう。
人生の目的とは何かを理解することは、自分の生きる目的を理解することと同じである。そしてただ、
「俺は偉い」
とだけ思っていては、自分の生涯の目的など判断できるわけがない。
自分の職業や周囲の要求する義務を、それがいかに小さくとも、いかにつまらなくとも、完全に成し遂げ、この人がいなくてはできない、この人がいなくては困る、と言われるほどにならなければ、自分の天職を全うしたものとはいえない。そして人生の目的も解決できるものではない。」
私の心の琴線に触れる文章が本の随所に見られ、また非常に勇気づけられた。繰り返し読みたい本である。お薦めの一冊です。
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