『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹著・中央公論社)を読了した
この本に出てくる総力戦研究所については、同じ猪瀬直樹氏らが書いているワニ文庫の『国民の知らない歴史』の第3章「戦略・戦術篇 Part1 日本必敗 昭和16年総力戦研究所の予測」を読んで知った。その時受けた衝撃は、非常に深いものだった。
その本に挙げられていた参考図書でこの本が文春文庫で発売されているのを知って、本やで探したが、見つからず諦めたのも覚えている。先日、図書館へ行ったら、中公文庫版でこの本が復刊されたらしく、新規購入本の箇所に置かれていたので早速買ってきて読んだ。
ところで総力戦研究所とは何かというと、昭和16年4月1日に設置した機関で、日中戦争などで日米関係が困難な局面に陥り、アメリカとの戦争に至った場合の戦局の推移、国内の動向などを、各省庁や民間などから選抜したエリート達に模擬内閣など組織させ、机上演習し研究し、総力戦の参考にしようとしたらしい。
「秘 総力戦研究所設置に関する件」(昭和15年8月16日付)によると、「近代戦は武力戦の外、思想、政略、経済等の各分野に亘(わた)る全面的国家総力戦」で、「第二次欧州大戦」も「支那事変の現段階もまたかかる様相を呈しつつあり」と記されている。そのため国家総力戦に関する基本的調査研究」を行う機関は、「至急之を開設」すべしと結ばれていた。
その総力戦研究所が組織した模擬内閣(首相や各大臣も置く)が、(真珠湾攻撃の三ヶ月ほど前の)昭和16年8月27日と28日の両日、本当の内閣・近衛内閣と対峙して会議を開き、模擬内閣が討論の結果到達した結果を報告していた。
その内容は「12月の中旬、奇襲作戦の敢行により緒戦の勝利を見込まれるが、しかし物資において劣勢な日本の勝機はない。戦争は長期戦になり、終局ソ連参戦を迎え、日本は敗れる」というものだった。今読むとまるで予言の所である。終局のソ連参戦まで予想しているのには驚いた(お気づきだと思うが、この本のタイトルの意味は、実際の敗戦の4年前に、シュミレーションで敗戦を予測したという事だ)。
東條英機などは、彼らの研究の動向に注目していただけに、そのシュミレーション結果にショックだったようだが、この東條英機や大本営参謀の戦争推進派はこれらの意見を潰していったようだ。開戦前は敗戦の予想を危惧した東條も、真珠湾他開戦当初の連戦連勝で気をよくし、この総力戦研究所の事もすっかり忘れたさったかのようにさえ見える。
読んでいくと、政府や軍部側から出される具体性・現実身を帯びた「想定」を受けて、この総力研究所は他にも色々研究し、そのシュミレーション結果を報告しているが、それがまた皆鋭い。
彼らは非常に正鵠を得た分析を行い、今日知れている結果と比較しても各種数値は大差ないものを弾き出していて非情に驚かされるのだ。例えば戦争に突入した後の商戦隊や戦艦が沈められて減る船舶消耗量や、時間の経過とともに変化する双方の国力の差などの予想から戦争の行方なども、かなり正確に予想していたことがわかる。
この研究所は、昭和17年に解散させられる。こんな凄い予測をしていた機関があったのに、日本は精神力で日英を上回るだとか、日露戦争のようにやってみないとわからないと言って戦争に突入した軍部に、私は日本人の愚かさの一面を垣間見た気がした。
なぜこのような無謀な戦いに突入したのか、と昔からしばしば問われる。軍部の独走とか、アメリカなどの追い込まれ、自衛のため仕方なかったとか色々言われる。
東條英樹が東京裁判で主張したように、我国特有の政治機構-統帥権が天皇の大権に属して‘神聖にして侵すべからず’となっており、なおかつ事実上大権を行使したのは統帥部なので、統帥部が政府とは別個に作戦を発動出来た。-いわば、政府と統帥部の二元化という問題も、歯止めをかけられなかった原因の大きな1つである事も確かだ。
巻末で猪瀬氏が勝間和代氏と対談している中で語っているように、日本人の体質というか、気質・特質とでも言えようか、アメリカなどより歴史が深い国であるのに、そういう国以上に歴史から学ぶことが少ない事も、その原因の1つであろう。
現状の日本の危機的状況を打開するためにも、日本人はもっともっと歴史から、日本人の欠点や、過去のよく似た事例で、どう乗り切ってきたかなどを学ぶべきなのであろう。
猪瀬氏の総力戦研究所の記述を読んでみると、日本人も、優秀な人間が集まり、思考する際、圧力など拘束条件が無ければ、鋭い予測が出来るのである。
教育体制も含めて、つまりこういう優れた人材をいかに養成していくかの問題も克服する努力を重ねた上で、さらにそのような人材に何物にも拘泥されることなく鋭い状況分析とそれによる将来予測が出来るように、環境を整えていくのが、資源のない日本が混沌する21世紀の世界の中で生き残っていくための条件かもしれない。
日本の出来るだけ多くの国民に推薦したい1冊である。
(この記事は、七尾市立中央図書館(ミナクル3F)から借りてきた本を参考に書いています)
東條も天皇の避戦の意向を受けて、強硬論を主張する陸軍の間に立って苦悩したうようですが、この企画院が燃料課が出した資料などで結構戦えそうだというデータの裏付けを得ると、もう抑えは効かなかったようですね。

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