昨年末、NHKの『坂の上の雲』を全て観た。『坂の上の雲』は、学生の頃読み、司馬さんの本の中では一番感銘を受けた本である。
その番組で、原作といか参考書として挙げられていた本の中に、この本の名があった。
司馬さんの『昭和という国家』は読んだが、この本はまだ読んでいない。近々読もうと思っていたところ、図書館で見つけたので借りてきた次第である。
・・・とここまで書いてきた。先ほど本を読了したばかりだが、実は現在私は少々事情があって(読書以外の理由で)かなり疲労困憊しており、あまり紹介文を書く気力が無い。頭痛もするが、風邪かな??
申し訳ないが、Amazon.co.jpにあった紹介文と、本の裏表紙にあった紹介文を、参考に転記するだけで勘弁してもらいたい。下巻では、私なりの意見や紹介文を書きたいと思う。
あしからず。
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明治維新は「革命」であったのか、薩長土肥連合による王政復古クーデターにすぎなかったのか。歴史家の間で意見の分かれるところである。
本書で司馬は、幕藩体制の担い手だった武家階級が自らのハラキリによって「廃藩置県」を実現し、「国民国家」の土台を築いたことは、世界にも稀な革命であった、という明快な史観を展開してみせる。これほどの「政治的破壊作業」ができたのは、欧米列強のアジア進出に「日本人が共有していた危機意識のおかげ」だった。
明治は「透きとおった、格調の高い精神でささえられたリアリズム」の時代で、そこに出現した「明治国家」は、江戸270年の精神遺産だった。
司馬は江戸と明治の2つの時代に、脈々と流れる精神の連続性を見る。その具象として、小栗忠順、勝海舟、福沢諭吉、西郷隆盛、大久保利通ら多彩な群像を、科学者の透徹した目と小説家の豊かなイマジネーションで、鮮やかに浮かび上がらせる。
「明治は多くの欠点をもちつつ、偉大としかいいようのない」時代だった。これに対して、戦後までの昭和は「イデオロギーが充満して国家や社会をふりまわした時代」で、まるで別国、別民族の観があると言う。しかし、この「非連続性」をもたらしたものが何であったか。残念ながら、司馬は語っていない。(伊藤延司)
(Amazon.co.jpの本の紹介にあったエディターレビュー)
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「明治」は清廉で透きとおった“公”感覚と道徳的緊張=モラルをもっていた。
維新を躍進させた風雲児・坂本龍馬、国家改造の設計者・小栗忠順、国家という建物解体の設計者・勝海舟、新国家の設計助言者・福沢諭吉、無私の心をもち歩いていた巨魁・西郷隆盛、国民国家の形成を目指したかれら“明治の父たち”は偉大であった。
本書は、明治草創の精神を捉え直し、「明治国」という人類普遍の遺産を巨細に語りつくす。これは、著者畢生の日本論であり、鮮明な日本人論である。
(本の裏表紙にあった紹介文)
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