逢坂さんのこのシリーズも第1弾からずっと読み続けている。現時点ではこれが最新刊である。
このブログでは、同シリーズは第3弾『猿曳遁兵衛』から紹介をはじめ、第4弾『嫁盗み<長崎篇>』、第5弾
『陰の声<長崎篇>』も紹介している。
前作以前の内容に関しては、読み出す前は、記憶はあまり鮮明ではなかった。何となく、今回も登場する<女盗賊りよ>が出てきたのを覚えていた程度だ。
ただこのブログの前の紹介記事を見ると、結構詳しく書いていたので、今回の参考になった。
第4篇、第5篇では、重蔵は彼と親しかった中川勘三郎(奉行就任後、中川飛騨守)が長崎奉行を仰せつかって長崎勤務となり、重蔵も彼に従い抜荷を取り締まる目安方として長崎に赴任し活躍する話だった。
こちらの本(第6篇)は、寛政9年に、長崎の務めを果たして江戸え帰還した重蔵が、また中川飛騨守の奨めなどもあり、蝦夷地取り扱いの建言を呈することになる。
蝦夷地は、当時松前藩が権益をほしいままにし、オロシャやエゲレスの船が度々訪れ、内憂外患に晒されていたのだ。そこで重蔵が建言して、翌年(寛政10年)、公儀(幕府)による蝦夷地巡検が行われることになり、重蔵も一行に加わることになった。
いよいよ近藤重蔵がその名を歴史に留める北方探検を取り扱い、蝦夷地(北海道)、国後、択捉が主な舞台として登場してくる訳だ。
その重蔵の蝦夷地巡検に絡めて、<りよ>が重蔵の命を執拗に狙って、国後までやってくるという展開となっている。前作を読んだ方は、あれ?<女盗賊りよ>は、長崎で<音無し喜兵衛>らと伴に重蔵に捕まったはずだと思うかもしれない。
重蔵の想い女を殺した<りよ>は、彼にとって憎んでも憎みきれない女であった。それ故に彼は捕物の際、簡単に殺すより逆に、牢獄で地獄の苦しみを味わさせてやれと考え、彼女の左顔に鞭で一生消えない痣を作るだけで、捕手に渡してしまっていた。
あの場面で重蔵が<りよ>を殺していれば、何も無かった。でもそこは小説、こんな宿敵を簡単には消してしまっては勿体無い。好敵手は、できるだけしぶとく残すものである。
<りよ>は、長崎から鶤鶏駕籠(とうまるかご)で江戸へ送られた。だが北町奉行所の手に渡された後、どのような拷問にも耐えて頑として自白しなかった。奉行は、厳正な捌きを旨とした人物だったので、自白が無い以上、処刑は出来ず、そのまま牢獄に入れて置いた。
ある日、神田辺りで火事が起き、牢獄のあった小伝馬町近くまで火が迫ると、<りよ>は、お解き放ちの場所へ運ばれる途中に、縛られたまま逃走し川に飛び込み、とうとう逃げ切ってしまう。
重蔵が巡検の旅に出かけた後、彼女は薩摩藩の島津重豪の助力を得て、重蔵を追っかけることになる。島津家も、長崎の抜荷疑惑で、重蔵に執拗に嗅ぎまわされたから、彼が邪魔であったのだ。
重蔵は、江戸は陸路を北上し出発する。松前まで同行する一行は7人。他に彼の若党・根岸団平、彼の友人・橋場余一郎(御先手鉄砲組同心)、長嶋新左衛門(幕府普請役出役)、村上島之丞(伊勢の神官。絵が得意)、下野源助(本名木村謙次・水戸の医師、蝦夷渡来経験有)、清蔵(大工の棟梁)。
それに出発時に加わることは出来なかったが、駿河で代官職にあった蝦夷地探検では先輩格の最上徳内(普請役)にも、一行に加わってくれるように頼むが、仕事を片付けてからの出発なので、1月半ほど遅れて重蔵の後を追うことになる。
途中、南部藩や津軽藩でも、松前藩の噂や、オロシャ、エゲレスなどの船の来航、抜荷らしき行いを見なかったかなどの話を、彼の団平などに調べさせ、蝦夷の松前に渡る。
東蝦夷地の調査を命令された重蔵は、松前から、陸路、海路を進み、国後、択捉を目指すわけだが、途中、難路や熊の襲来、そして国後では敵が待ち受ける。重蔵の命や如何に・・…
という感じで話は展開する。
相当参考文献も読み込んでいるらしく、当時のアイヌの実情など歴史的にも非常に興味をそそる話が色々出てきて、個人的には非常に面白かった。
まだ蝦夷篇は続きそうで、次回作が楽しみである。
(この記事は七尾市立田鶴浜図書館から借りてきた本を参考に書いています)
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